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○なんせんす・さむしんぐ○

美術や音楽の感想とか、動物中心のイラストのブログ。

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ゲインズバラの犬

 っていうタイトルの洋書を見つけた!やばい読みたい!これは読みたい(笑)

http://www.amazon.co.jp/Gainsboroughs-Dogs-Diane-Perkins/dp/0946511519/ref=sr_1_109?ie=UTF8&s=english-books&qid=1252673350&sr=1-109

 すんごい気になる!英語だけどラテン語よりは読めるぜ。

 ゲインズバラの、アーベルの肖像画に描かれたあの犬。でっかいポメラニアン。ゲインズバラの他の絵でも描かれているのだけど、それは当時のイギリスの流行の犬だったのか、はたまた単純にゲインズバラのお気に入りだったのか。気になるのです。書いてあるかな。図版が多いと嬉しい。
36648217_2539207356.jpg 
 だいたい、このガンバ抱えたごっつい低音万歳なドイツ人がこれだけ可愛い犬を飼っているのが反則なんだよ。
 バラ氏はこの友人に会う度、その飼い犬をもふもふしていたに違いないと思っています。
 あとでこの犬単体の肖像画を描いてしまうくらいの気の入れよう。
 多分、普通の人間のお客さんより好きだったと思う(笑)可愛いし、尊大でないし、変な注文も付けてこないし、出来栄えに文句も言わない。




http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Denglish-books&field-keywords=gainsborough

とにかく、これらの洋書の内容を2、3日中には把握する。
なるべく図版の多そうなものを。美しそう(印刷が新しい)なものを。
中古を買うなら、値段相応の品質で届くか信用できるか十分に判断を。(海外取り寄せの可能性大)

ゲインズバラのモノグラフ、本気です♪(←フラゴナールさえ持っていないのに!)
しかし、どれがゲインズバラの画業をより詳しく満遍なく辿れるかが一目では分からないので、英語の説明を丁寧に(誤訳率を低く)読まねばならない。
一枚の絵について、一つのテーマについての研究論文はドボン。

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クラヴィコードとの出会い

 クラヴィコード触った☆(とっても自慢げ)

 そもそも、クラヴィコードという楽器について、簡単な説明が必要でしょうか。
 チェンバロという楽器については、普段何かしかの楽器に触れていなくても、この日記を恒常的に読んで頂いている方には普通に浸透していることと思われますが(その昔、まろりーの周辺だけいつの間にかクープラン知名度100%なのが驚いたぜ(笑))、さて、クラヴィコード。
 クラヴィコードは、一言で言えば、打弦鍵盤楽器です。単語的にはピアノと一緒ですが、ピアノがハンマーで弦を叩くのに対して、クラヴィコードは薄い金属片で弦を突き上げます。
 そんな機構がずらっと箱に入っているので、見た目はヴァージナルにやや似ます。
 つまり、同じ打弦楽器だからって、音も形もピアノに似ているとかとはとてもじゃないけど言えません。
 しかし、打弦楽器なので、鍵盤を打つ強さで音の強弱が付けられるという、その上ヴィブラートまで掛けられるという、とっても画期的な楽器なのです。ある意味ピアノを超えています(笑)「弱点」は圧倒的に音量が出ないという点で、コンサートホールとか大勢の前で演奏が出来ないという、まろりーには大して関係の無いところです。

 で、クラヴィコード。
 まろりーはメトロポリタンの楽器室でもあんなものは見なかった(ように思う)。
 まろりーのクラヴィコードのイメージは、もっと小さくて、机の上にちょんと乗っけて、オランダの奥様が弾くような、もっと言えば、ヘリット・ダウの絵が標準イメージだったのですが、
9d5aa81a.jpegヘリット・ダウ<クラヴィコードを弾く女性>
 まろりーが先日触ったものは、体長170cmを越すチェンバロより広い音域を持つそんな大型の最後期のクラヴィコードなんだって。例えば、エマヌエル・バッハ(大バッハの息子)が弾いたような。脚もちゃんとついています。
 その巨体にも関わらず、びっくりするくらい小さな音を出します。多分、測ってないけど、普通に弾いて普通に聞こえる範囲は2、3メートルほど。壁を隔てた隣の部屋とか絶対無理、どころか、最弱音はまったく演奏する隣で息を殺して耳をそばだてて聴く感じ。
 さらにぴっくりポイントは、ぴっくりするくらいまともな音が出せないこと。
 強弱をコントロールする上、ヴィブラートまで掛ける細やかな技術を要求するとは知っていましたが、その難しさは想像以上でした。
 鍵盤楽器は鍵盤を押せば上手い下手関係なくそれなりに音が出るものだと思いますが、クラヴィコードは何の気もなく押すと、ぷつっと金属片が弦に当たる音が出るだけです。
 ともかくも上手く押せば、よく持続する儚くも美しい音が出るのですが、そうするには左右の親指から小指まで一音一音トリルに至るまで相当な集中力が必要です。ちなみに、まろりーが左利きであることを換算しても低音より高音の方が音が出にくい。
 この難易度で、ピアノで正しく弾くのも難しい曲も多々あるようなので…バッハ(父)は息子にどれだけ鍵盤操作の技術を叩き込んだのか・・・。音楽家って厳しい(笑)
 まあ、そんな訳で、クラヴィコードに触りました。よく知る数曲を弾いては見たものの、演奏というよりは、修行といったところ・・・。座禅を組むよりよっぽど心を無に出来ると思います。強弱をつけるとか、ヴィブラートを掛けるとか、そういうクラヴィコード的な演奏をするには、まずは50%の確率ででもまともな音を出せるようになってから・・・。ここぞという大事な音でぴこって鳴るとちょっと悲しいし(笑)しかもそういう音ほど不発に終わりがち。
 でもね、その弾くも難しいヴィブラートが掛かると、すんごい格好良いの。で、息詰まる、か細い音が素敵なの。
 まさか、こういう博物館の硝子ケースの向こう側で、見られるために置いてあるような代物に触れる日がこようとは夢にも思わなかったな。噛み締めるように感謝甚大です。


以下、本文とは余分な考え。
 それにしても上のダウの絵の楽器って、正直言って、クラヴィコードなのか卓上ヴァージナルなのか本当のところは良く分からないと思いませんか。一応、まろりの知るタイトルは「クラヴィコードを弾く女性」なんだけど。箱の中身のすっきり具合がむしろヴァージナルに見えなくもない。なんだか、クラヴィコードの弦にはフェルトの帯が格子状に絡まっていたのが特徴的でした。多分、弦の余計な振動を抑えている?が、ヴァージナルは箱にもっと厚みがありそうな。
 まあ、画家自身、テル・ブリュッヘンやディルク・ハルスのように楽器をよく知らなかった可能性もあるし、そもそもヴァージナルとクラヴィコードを誰でも分かるように描き分けようなんて思っていない、というのが妥当な気がします。

 さて、ダウなイメージだったクラヴィコート、つまりまろりーにとっては、オランダ絵画で弾くような、古風なイメージの強い楽器だったのですが、意外とチェンバロよりもクラシック時代以降まで生き残っていたのですって。
 あれかな、音の強弱への要求が生き残らせたのか、チェンバロほどフランス革命の素敵な恩恵を受けなかったのか、弾くに難しいところがよかったのか。
 とにかく、エマヌエル・バッハなど、かの大バッハの息子たちが好んで弾いたと聞きます。
 そうなると、イギリスのバッハさんも弾いていたのかなー。イギリスのバッハさん(ヨハン・クリスティアン・バッハ)といえば、飼っている犬が可愛すぎるヴィオル奏者カール・フリードリヒ・アベルの同僚にして、ゲインズバラのご友人。ゲインズバラの手になる肖像画だってちゃんと残っています。
 つまりは、ゲインズバラもバッハの音を聴いたという訳で、そんな感じで、ほぼ自動的にゲインズバラを連想する末期的な次第です。
 まあ、ゲインズバラのBGMはヴィオラ・ダ・ガンバがメインだろうけどね。
 フォルクレの穏やかな曲を色々無視してゲインズバラっぽく弾いてみたい今日この頃です。「デュ・ブリュイユ」って曲なんて、ちょっと「ハレット夫妻」みたいだと思いませんか(誰に同意を求めているんだ(笑))
d6fc2a40.jpeg<朝の散歩(ハレット夫妻の肖像)>




 さて、フォルクレの話題に戻ったところで、ユーピテル様関連で一言。
 アエネーイス読み終わった!
 終わり方が意外に意外でした。ローマ人らしく、「俺はやったぜ!」みたいな誇らしげな締めじゃなくて、寸止めみたいな終わり方。宿敵の胸に剣を突き刺して終わり。敵が倒れるシーンもなければ、剣を抜く動作もない。映画みたいな格好良さです。
 それにしても、やっぱりウェルギリウスの神様って素敵。
 ラスト手前で、ユピテルとユノが会話をするのだけど、そこでの会話が感動的なほど物語を締めています。こういうの大好きです。最後の1シーンで、物語のピースをぱっちり嵌めてくる構成。
「お前の憎むトロイアはラティウムとの戦に勝とうとしているけど、他にお前がやれることはもうないだろう。」
「せめて、トロイア人が支配することになるイタリアの土地で、元ラティウム人がトロイア人と呼ばれることのないよう、ラティウムの言葉・習俗もそのまま維持して、トロイアはギリシアとの戦争で既に亡んだし、亡んだことにしておくよう、お願いします。」
「では、これから未来にトロイア人はイタリア人に溶け込んで、トロイアの名が表に出てこないように計らおう。」
 だって!
 神様のこの一言で、トロイアはとっても前向きに滅びました。だから、ローマ人はギリシア語でなくラテン語を用いるのだそうです。
 アエネーアスは色々冒険してきて、新しい国も手に入れるけど、彼自身の故郷は既に滅んだし、滅んでいたし、滅びてしまう。ちょっと切ないハッピーエンドです。
 しかし、ユノ様を力で捻じ伏せておいて最後は優しい。この夫妻楽しいな(笑)

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川越プチトリップ

 友人がただ券を持っていたので、川越市立美術館へ長澤英俊という人の彫刻を観に行きました。小旅行を兼ねて。
 なかなか面白かったので以下何点かの個人的な感想。

<蜻蛉>

 斜めに立つ太く短い鉄の角柱に斜めの溝があって、細く長い鉄の板の端っこが挟まって、角柱が倒れようとする力を中和させている。長くゆるい放物線をえがいて伸びる板の先には、いかにも軽やかに銅色に輝くとんぼが一点に止まっていて、鉄の塊に対してわずかな重さのそのとんぼが平衡を崩して居なくなれば、角柱は平衡を失って倒れてしまうし、角柱が倒れれば、板は宙に留まっていられない。
 こんな風に人の想像力はとんぼが居なくなったらどうなるかを考えられるし、その過程を空想で視ることが出来る。し、鈍色の尖端で輝く銅色のとんぼは、わずかな力で、それもほんの小指ほどの力で当然落ちるべきものであるとも思う。でも目の前のとんぼは触れない限りそこに在るし、全てのパーツは全く静止していて、揺るぎない。宙に浮く鉄の板の下をくぐっても、なんの不安も緊張も感じさせません。持続する一瞬。
 そして、「作品にお手を触れないで下さい」というお決まりのフレーズが真に切実。
蜻蛉略図
こんな感じ。


<オーロラの向かう所―柱の森>
 展示室に入ると真っ暗で、足を止めざるを得ない。作品も一緒の友人も自分も何処にあるかが分からなくて、一先ず壁に手をつく。暗闇の中、それが唯一確かなものだから。
 奥に作品の気配があるため、壁伝いに一番奥へ行くと、一条のわずかな光。それでも十分でない明かり。来た方を振り返ると、2メートル余りの高さの細く白い円柱が規則的に林立している。例えば神殿や寺社のよう。もっとも、わずかな光に人の目には手前の何本かしか見ることが出来ないけど、柱の規則性と壁伝いに歩いてきて感じた部屋の広さから言って、必ずそうだろうと思う。
 作品に近寄るのは当然のことだから、誘われるように円柱の林に入ってみる。闇に視界を制限されて気を抜くとぶつかる心配があったので覚束ない足取り。足元も見えず距離感がつかめません。
 一歩進むごとに闇に浮かぶ白い円柱は前に現れ後ろに流れて、それが一定間隔に列んでないことが分かる。場所によって遠近法的に狭くなっていったり広くなっていったり。
 列柱を抜けて最も暗い場所に戻ってくる。来た方を振り返ると、黒い柱が劇的に列んでいる。--いつの間にか目はかなり慣れて、奥まで見通せるほどになって。
 黒い影は段々灰色になって円い厚みを持ち、また段々白く立体感を失って白い光に溶けていく。霧の中に木立が消えていくよう。
 鑑賞に時間がかかります。でもそれ全部が鑑賞。ようやく見えるようになった状態を元に戻すのが惜しくて、立ち去り難い作品。


<二つの輪>
 全く同じ鉄の輪っかが二つ並べて床に置かれている、ただそれだけの作品。見た目は。
 実は片方は丸彫でもう片方は鋳造らしい。つまり中身が詰まっているかいないかの差があるらしいのです。
 持ち上げれば重さで違いが分かるだろうけど、持ち上げるのを許されていないので分からない。ただ、想像出来るだけ。見た目には全くの無駄な差異なのです。それがこの芸術品の価値なんだろうと思います。価値ある無駄の単純な提示。そういう無駄を愛し珍重するまろりーには愛想も口当たりもよい作品。

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ウェルギリウス♪ヴィルジリオ♪ヴァージル♪

頻繁に日記を書こうというそんな努力をしてみています。多分、三日坊主。

 いや、もう最近の頭の中は、フォルクレじゃなければ、ピクチャレスクかウェルギリウスとあらゆる牧歌(音楽・絵画も含まれる)――フォルクレでは補いきれない世界――なのです。
 プーブリウス・ウェルギリウス・マロー、結局、「牧歌」も「農耕詩」も「アエネーイス」も好きです。
 魔狼まろりーの名前は決してウェルギリウスからとった訳ではありませんが、命名時でも何か繋がるものがあったのかも知れません。偶然の一致ってやつです。


 さて、ゆっくり「アエネーイス」を読んでいますが、絵で見ているときはそれほど違和感を感じてはいなかったのに、文字で読むとあっと思うシーンがありました。
 アエネアスのママの美と愛の女神ウェヌスが、愛息子のために火と鍛冶の神ウルカヌスに武具を作ってもらいにいくシーン。
 よく画題にもなっていますが、そういえば、ウルカヌスってばウェヌスの正式な夫だったっけ…!
 それなのに、ウェヌスは不倫の子供の成功を願って本当の夫に大事なことを頼むって……(笑)絵ではそんなに意識しなかったけど、それって結構すごい、というか酷いことなんじゃ…?
 一応、気を遣って遠まわしに、トロイア戦争の時だってあたし貴方に無理な頼みごとしなかったけど、今回だけはお願い、アエネーアースの武器を作ってvvなんて言うウェヌス。
 当然最初は戸惑いつつ、しかし最終的には「そんな回りくどく頼まなくても可愛いお前のために作ってやるよ!」と快諾するウルカヌスは良い人です。
 ウェヌスの色仕掛けが効いたような気もしますが…(笑)本当、ウルカヌスって生い立ちから境遇から何だか可哀想になってきた…。がっかりエピソードが多いのが彼です。
 というか、そもそもウルカヌスとウェヌスって、どんな理由で結婚したんだっけ……ユピテルの采配だったはずだけど…何処に書いてあるかな。


 で、やっぱりユーノー様が素敵です。思いっきり悪役。 何だかイタリアが結構最近まで統一国家になれなかったのもユーノー様が度々昔の恨みを思い出すせいな気がしてきました。
 そもそもアエネアスに武器を作ってあげる必要が出来たのは、ユノのおかげというか、アエネアス率いる旧トロイア勢と、先住民イタリア勢との間に戦争が勃発したからなのですが、その戦争はユノが「私はこんなに偉大な女神なのに、ちっとも思い通りにならない!悔しい!トロイア恨めしや!そう簡単にイタリアに定着なんかさせてやらないんだから!!」という感じで、大人気ない腹いせに仕組んだものなのです。
 悪役の女といえば「危険な関係」のメルトゥイユ夫人ですが、ユノ様は夫人の比ではありません。夫人は自分とわずか数人の人生を破滅させたに過ぎませんが、ユノ様は夥しい人数を冥界送りにするのだから、人間大事にしないっぷりがいかにも神様っぽくていいですよね(笑)
 そもそもギリシア神話の魅力の1つは思いっきり自分のために行動して、その結果人間が不条理な目に合わされても、神様だから、って理由で許されるところだと思います。そういう姿を見るのは小気味いいです。しかも神様といえども計算間違えたり邪魔されたり、いつも思い通りにいくとは限らないのが楽しい。

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フォルクレ→ジュピテル→ウェルギリウス→ラテン語

電車の中でつらつら下のような考え事をしていたら、長くなった。長いので注意!何に注意するかは各人に任せますが。


 まろりーには絵画と音楽とを結び付けて考えてしまう癖があるのですが、これまでフォルクレについては何か特別に絵を喚起されることはありませんでした。
 が、最近になって取り憑かれているまるで曖昧な考えがありまして……。
 まろりーがフォルクレの曲で連想するのは、雷、風、嵐、梢高く日を陰らす針葉樹の森、などといった単語です。
 何処かで見た語の並びだと思ったので、記憶を辿ってそれを探してみる。
「断崖、山岳、急流、狼、雷鳴、サルヴァトル・ローザ。」(byウォルポール)
 そんな感じで「前略、雷…フォルクレ?」と思うに至った訳ですが、肝心のローザの絵はそれほど見たことがなく、いわばローザらしさの何たるかを体得していないので、断定出来ずにいます。
 それに、ローザといえば「ピクチャレスク」の画家。
サルヴァトル・ローザ<猟師と戦士の居る岩場の風景>

 ピクチャレスクは、直訳すれば「絵画的、絵らしい」で、ピクチャレスク絵画というのは、人知を超えた荒々しい自然や、時の作用で崩れていく人工物=廃墟などを描くファンタジー絵画のこと。
 18世紀に流行った訳ですが、音楽指してピクチャレスクとは、新鮮味のない洒落を狙ったレトリックみたいで、確信がないままの結論としてはフォルクレ相手に甘い気がする(笑)
 まあ、フォルクレが絵のようだというのではなくて、嵐の不穏な雰囲気だとか、黒い雲間に射す光の刺激だとか、頬にぶつかる熱を孕んだ風だとか、それに吹かれてしなる木と唸り声だとか、そんなイメージとかノリがピクチャレスク絵画に似ている、つまり美学としては同根なのではないかと。
 難しくなってきた。美学は苦手です。
 ピクチャレスク絵画と繋がっているとすると、ピラネージとかどうかな。若干時代はずれますが、あの空想的な牢獄とか、崇高な感じのするしつこいまでのローマの廃墟とかの版画。
ピラネージピラネージ<牢獄カプリッチョ>
 どっちにしろ、ロマン過ぎて確たる根拠もなく言うのは痛々しくて恥ずかしいわ(笑)
 でもフォルクレって、ローマの廃墟好きそう。台風とかでテンション上がってそう(笑)
 という訳で、ピクチャレスク絵画について、多少勉強したいと思います。

 あと、単純なイメージとしてはオランダのマニエリスト、ホルツィウスの版画。あのゼウスの雷に撃たれてタルタロスへ真っ逆さまに落ちていく人体。神経を逆なでする感じや、超絶技巧な線とか、アクロバットなポージングとかを連想しましたが…。ホルツィウスよりかはずっと気品があるね。
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&lr=&rlz=1T4GGLD_jaJP308JP308&um=1&sa=1&q=Goltzius%E3%80%80Tantalus&aq=f&oq=&start=0


 そんな感じで、フォルクレの「ジュピテル」って曲を(弾けるだけは)弾きたいと計画しています。弾ける気はしませんが、まあ、雰囲気だけでもと。
 このジュピテル、まろりーは未だかつてこんなに格好いいユーピテル様を見たことがありません(笑)
 ユピテル様といえば、気に入った子の為には、牛になり、鳥になり、女装?し、液化・気化も厭わず、「恋と威厳は両立しない」(byオウィディウス)と呆れられたりしましたが、 有事の際には本当に頼りになる、やる時はやるお方です。
 フォルクレのジュピテルではギリシアの主神としての本領を発揮していて、きちんとヨーロッパ中から尊敬を集める真の姿?を見ることが出来ると思います。ユピテル様の株が上がりました。ユーノーに浮気を咎められても実力で捩伏せ、なおかつ信頼を失わないユピテル様です(?)


本気を出してるユピテル様
本気のユピテル
バルトロメオ・コリオラーノ<グイド・レーニ原画、ユピテルの勝利(部分)>

 で、ギリシア神話といえば、最近はウェルギリウスのアイネーイスを読んでいます。
 やっぱり、ウェルギリウス好き!(笑)ウェルギリウスの書く神様はみんないい性格しています。ユーノーがトロイア戦争の際ギリシアに味方したのは、美女コンテストでトロイアの王子パリスがユノを差し置いてウェヌスを選んだからだとか、さらにその前にトロイアの美少年ガニュメデスがユピテルの愛人だからだとか、やっぱりな理由を歌っていたり。
 で、アエネーアースが、主役になる為に生まれてきたようなお兄さんで、美と愛の女神ウェヌスの息子。パパはその美貌ゆえにウェヌスに愛された男。これで見た目からして美人でない訳がない。
 またトロイア王プリアモスの娘婿なんておいしいポジションで、さらにはトロイの木馬で焼け落ちたトロイアから新たな国を建てる為に漂泊している亡国の将。
 ユーノーの逆恨みで大変な目に会うけど、彼にはママとギリシア最強の(とまろりは思う)愛神クピードーがついています。ユピテルも味方だし。
 ユーノーがアエネーアースの船を焼いちゃったときに、ユピテルが豪雨を降らせて消し止めたんだけど、ウェルギリウスが書かなった裏で、ユピテル夫妻の天上での小競り合いが気になります。
 旅の途中で亡くなった父親に会いに冥界へ行ったり。そうこなくっちゃね!
 そこでかつてアイネーアースが新トロイア建国の使命の為に捨てた、そしてそのために自殺したカルタゴ女王ディードーに会うとか、つぼを押さえていると思います。ディードーはもともと誇り高く苛烈な上、例のウェヌス親子の陰謀でアイネーアースに激しく恋していたので、捨てられたとみるや、一途に焼身自殺してしまったのです。
 まあ、この辺り由来で後々ウェルギリウスがダンテを地獄巡りに連れまわすことになる訳で。
 やっぱりまろりーはギリシア神話は本場ギリシアより、ローマのフィルターがかかった方が好きかな。それこそロマンチックなので。ギリシア語よりラテン語が好きなのもそのせい。幕張の恐竜博に心惹かれるのも恐竜の名前が多くラテン語だから(笑)
 もっと前にこんな状態だったら、まろりー本当に西洋古典を目指したかも知れません。ウェルギリウス原文で読めたかった!まあ、絵で見るのと字で読むのとの違いですが。(でもプラトンやアリストテレスは辛いなぁ…)

 で、クラヴサンやヴァージナルの蓋には、よくラテン語の銘が入るのですが、自分だったらどんな銘を入れるかを空想してみたり。
 やっぱりヴァニタス系は避けたい。ヴァニタス画は大好きですが、楽器にメメント・モリな言葉を書くと、音ははかなく消え、音楽は仮初の快楽に過ぎない、なんて深刻に音楽を全否定する皮肉なことになります(笑)こんな楽器には枯れた茨を被った髑髏と蝋燭をかたわらに飾るしかない。
 しかし、まろりの好きなラテン語の格言なんかは余り音楽とは関係ないし。まあ、任意の言葉をラテン語に訳すだけでそれなりにそれっぽく聞こえるだろうけどね(笑)
 スタンダードにMUSICA(音楽は…)とかCANO(私は歌う!)とかあっても格好いいけど、まろりの場合、ムシカってば(だけでなくおよそ芸術は)今流行りの麻薬や覚醒剤のようなもので、そんなのラテン語で表明したくない(笑)
 まろりと音楽(その他芸術も含め)との関係は名言集に載っていた以下の文章が近い気がします。
NEC TECUM POSSUM VIVERE NEC SINE TE.
(君と共には生きられない、君がなくても生きられない)
 …やっぱり麻薬系か。もう響板に芥子の花描くよ!(笑)
 上だとちょっと軽いかな。じゃなかったら、やっぱりアルカディア。アルカディアは音楽や絵画の向こう側にあるから。
ET IN ARCADIA EGO(アルカディアにも我あり)か、ET EGO IN ARCADIA(アルカディアに我もあり)
3ded9021.jpegニコラ・プーサン<アルカディアの牧人>
 元ねたのプーサンの絵では、このエゴーって一人称は死を指すんだけど、捩れ曲がったまろりのハッピー解釈で、そのまま自分を指すことにして下さい。
 プーサンやクロード・ロランみたいな、喜劇的牧歌的神話的風景画もいいよね!(笑)人物は風景を見せる為に小さく、神話的な衣装で、あるいはサテュロスで、まあ、田園の奏楽かバッコスの祭をしているんだよ。
roran.jpgクロード・ロラン<踊る人のいる風景>



以上、妄想でしたっ。
気が付けば、随分長くなった。図版用意するの面倒だったんだからね!(無駄な努力・笑)
まさか、取り留めもない妄想をここまで全部読んだ人はいないと思うけど、もしも居たとしたらありがとうの言葉しかない。千のキッスをあなたに!(←いらん)

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なんせんす・さむしんぐ

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