田園ってなんて素晴らしいところなんだ。
林野にパーンが遊び、彼のシュリンクスにドリュアデスは踊り、ディオニュソスが川という川をワインに変えて、シレノスは酔う、そこへ気軽にアポロンが訪ねてくる。サトゥルヌスはサテュロスを家来にのんびり隠居生活。
日が照れば、木々は濃い影を落として人を涼ませ、雨が降れば、草の香が湿った大気に青く広がる。
人の手無しにあらゆるものを生み出す大地は耕せば豊作、果樹は惜し気もなくたわわに実る枝を低く垂れ、家畜は従順、病気もなくよく殖え、悩みといえば恋の悩み、争いといえば歌合戦くらい。
牧笛片手に羊を導き牛に犂引かす牧人たちには学があり、詩才があり、常に小綺麗に廃墟の傍らで質素に楽しく暮らしている。
華麗でもなく、荘重でもなく、深遠でもなく、何気なく、ひたすらに穏和で優雅、妄想の田園、最高です。
そこにはまさに真実以外の全てがあるのです。
et ego in Arcadia sim!(笑)
苦労を知らない顔の農民が、隙間だらけの石造りの廃墟に暮らしている絵が好まれる理由が分かるってものです。
そんな感じで、ウェルギリウスの「牧歌」と「農耕詩」を非常に気に入った訳です。
もう、ウェルギリウスにめろめろです。ウェルギリウスとなら、ダンテの小舟[図1]ででもシテール島[図2]に行ける!(笑)
ウェルギリウスの田園はちょっと翳りのある感じが、また素敵。第1歌はいきなり田園を追われる農民の話に始まって、恋だの歌だの何でもない牧歌的な詩が続く訳ですが、その続編(ちょっと違うけど)の農耕詩の最後で、自分が作った「牧歌」の登場人物に向かって行って曰く、「私ウェルギリウスはかつてぶなの木陰に憩うお前を歌った者。」と、あの幸せな牧歌は作り物なんだよってふと呟くのがやっぱり切ない。
灰に埋もれたヘラクラネウムを発掘したみたいに、古典がリバイバル・マイブームになりそう。あるいは田園。例の如く、まろりの古典主義は4分の3以上はロマン主義と同義です(笑)
ピアノも最近は肖像画に偏っているから(いや、あの連中も相当格好いいのです)、たまには神話主題や牧歌主題を追いかけてみようかしら。
図版
[図1] ダンテの小舟
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&lr=&um=1&sa=1&q=%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%86%E3%81%AE%E5%B0%8F%E8%88%9F&aq=f&oq=
[図2] シテール島の船出
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=%E3%82%B7%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%B3%B6%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%88%B9%E5%87%BA&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi