すっかり会期も終わってしまったが、Bunkamuraの英国水彩画展と、都美のメトロポリタン美術館展と、新美のリヒテンシュタイン展の感想をまとめておきます。
●巨匠たちの英国水彩画展。
期待通りの内容で、ピクチャレスクと崇高とかゴシック趣味と廃墟とかイタリアのグランドツアーとか、個人的においしすぎる。
こういう奴らが寄ってたかってイタリアを誉め讃えるから、まろりーもすっかり奴らのイタリアに対するアルカディアフィルターが伝染ってしまった。
いつか王様(確かヘンリー8世)が修道院を迫害したために、中世の修道院建築の廃墟がごろごろしていたというイギリス。
産業革命を経て国力の増したイギリスは、愛国主義的にそうした昔からあったゴシックの廃墟を描きだしたようだけれど、その廃墟の美をイギリスに教えたのは、確かにイタリアのローマの廃墟だったんだ。
イギリスが好んで描いたこうしたゴシック様式の廃墟画が、後々のロマンチックな方面のゴシック趣味(ドラキュラとかそういうの(笑))へと繋がっていったのかな。
密かに注目の画家トーマス・ジョーンズの水彩が見れた。割とぱりっとした陰影で、淡々としている。つまりは、他のイギリス人よりは情感に乏しくて物足りない感じ。
トマス・ジョーンズに興味を持っている理由はこの一枚の絵のため。
トーマス・ジョーンズ<ナポリの壁>
以下は、長く美術展感想から脱線します。感想だけ見たい人は飛ばして下さいまし。
「時代を遥かに先んじている。」と評されるこの一枚。通称<ナポリの壁>。モンドリアンかと思う程の近代性ですが十八世紀のもの。
このナポリの壁。洗濯物のぶら下がるただそれだけ。でも。
何て清々しい絵…! 何て何でもない絵!
野心も思想も媚びも気取りもけれん味もこだわりも何も無く、紙の上の色彩構成でないとしたら、ナポリの壁以外の何物でもない。
こんな恬淡とした絵ってあっていいのでしょうか。
あるのは、画家の芸術的衝動。気取らず簡単に言えば(笑)、ちょっといいな、描いてみたいな、という気分。
実際、完成作ではなく、紙に油彩の私的なスケッチ。ばか正直とも言えるスケッチですが、さりげなく構図の切り取り方も素晴らしいではないですか。
本当に色彩の平面で画面を区切っているだけの絵で、遠近法も殆どない。…イギリス人には洗濯物をにょろりと干しているのが珍しかったのでしょうか。明るく鮮やかな空と、洗濯物の落とす濃い影と、南イタリアってきっとこういう空気なんだろうな。絵らしいモチーフが何も描かれていないのに、南イタリアの太陽を感じると思うのです。
こんな絵が、つまりこんな真っ直ぐなものの見方か十八世紀にも存在するとは、どの時代にも言えることなれど、でも十八世紀も奥が深い。
脱線終わり。更なる脱線で、トマス・ジョーンズの他の絵をひたすら張り付けて喜んでいる記事。
直接に展示に関係ない絵を語り過ぎた。いや、この記事は殆どこの脱線のために書いたようなものだし(笑)
展示の本当の主役はターナーなんだけどね。
●メトロポリタン美術館展 大地、海、空4000年の美への旅
正直、期待してなかった。何か有名な美術館の収蔵品とただの名画(笑)を適当に並べただけの散漫な展示かなぁ、と。
が、中身は案外に濃かった。
テーマは自然と美術。古今のアートはいかに自然を表現してきたか、といったもの。
でもスタンダードに時代順テーマ順には並べません。教科書のような陳腐に陥るよりも、かなり故意にばらばらな順序にして、個々の展示品一つ一つよく見て貰おうというのか、表現の編纂というより多様を見せようとしているのか、とにかく並べる順序にこだわりを感じました。一種、異様な順序で、印象に残っている。
さて、しかし本題はそこにはありませんね。
全ての展示の始まりのテーマは、「理想的な風景画」、つまり現実にはない風景から。
そして全ての展示の始まりの絵は、ミスター理想的風景画、クロード・ロランだった。
クロード・ロラン<日の出>
…ユベール・ロベール展の時も格下相手に一番先陣だったよねぇ!?(笑)最近、こういうの流行りなの? この手の風景画の起源を説明するために呼ばれるクロード。いつかクロード一人展やってあげてよ…! プーサンと二人展でもいいよ。
目玉のゴッホの糸杉、思った以上にいい絵だった。
ゴッホ<糸杉>
意外に大きな絵。ものすごい勢いで絵の具が盛り上げてあって、絵の表面は生々しい。触ったら、何の絵か分かりそうなくらい、触覚を想起させる。
印刷物を見ていたときは、行き場を失った感情がぐにゃぐにゃと、糸杉を昇り空に渦巻き、強すぎる自我で風景と色彩は歪み、それがかなり執念深く描かれた、どれだけ心挫けるおどろおどろしい絵かとちょっと思っていたけど、案外喉越し爽やかでした(笑)
糸杉=墓場の木=死、みたいな病的な方面かと思っていたけど、そんなにえぐくない。
それとも前に飾られたゲインズバラの幸せオーラの余波?(笑)
買ったポストカードは牧歌的なタピスリー。
<音楽を奏でる男女の羊飼い>
緑の地にとりどりの花を敷き詰めた、中世チックな千花模様。その中で、羊飼いの男女のと羊たちがいる。男はバグパイプを奏している。
買った理由は、もちろん牧歌的だから(笑)
ウィリアム・モリス商会の中世風タピスリーも飾られてて、最初見たとき、一瞬本当の中世かと思った。こっちも好きだったけどポストカード化ならず。
あと、予想通りブーシェの田園主題もポストカード化ならず(笑)
フランソワ・ブーシェ<(恋の)メッセンジャー派遣>
羊飼いが伝書鳩で手紙をやり取りしている。鳩はヴィーナスのお使いだし、そうでなくとも恋文なのは間違いない。本当、文字を書いて読める羊飼いってどんな身分だよ(笑)
ところで、アメリカの美術館だからって、ちょいちょいアメリカアピール(?・笑)
いかにもアメリカの風景!って感じの絵ですが、ヨーロッパの風景画を見慣れていると、やはりエキゾチックなアメリカの風景。
多分、ヨーロッパの影響から逃れようと、努力してアメリカらしさを追求していったのだと思う。 ある十九世紀のアメリカの絵は、広々とした空間を扱って雄大で、不自然なほどドラマチックな光の効果で、まるでハリウッド映画みたいだと思った。その辺は全く詳しくないから見当違いかもしれないけど、ハリウッド映画もひょっとしてこうした油彩画の影響を受けたりしているのかしら。
個人的に好きだったのは、聖ヨハネの鷲の書見台。鷲が翼を広げて鑑賞者を見下ろし、その背中に大きな本を乗っける。ロマンチックだぜ。
でもMVPは、古代エジプトの小麦のレリーフ。ただ麦の穂が隙間なく並んでいるだけのレリーフなのですが、何か良い。麦は生き生きとリズミカルに、緩い円弧を描いてあちこちに穂を向け、豊かな収穫を思い起こさせる。
全体、エジプト美術全般が実力を見せつけていたと思います(笑)
●リヒテンシュタイン展 華麗なる侯爵家の秘宝
とにかく、数は少ないながら、ど派手な展示だった。
どの展示品も大きく豪華、小さいものでも豪華。
ついでに、浮き彫り風の装飾つき壁紙や展示品を乗せるの寄木風の台とかにも、お金かかってると思う。
一番初めに、リヒテンシュタイン侯爵が現代にも存在して、この展示に対してコメントしてるのに何故か驚いちゃった(笑)
目玉の一つが「バロック・サロン」と銘打たれて、バロック~ロココ期の装飾過多で派手な家具などが当時のお部屋風の配置に並べられた一室。
面白かった!
サテュロスや怪物の顔のついた猫脚なんて柔なものじゃない獣脚テーブル、枠が鏡面と同じくらいの面積ありそうな威圧的ですらある巨大な鏡、東洋の大きな壺を金属装飾で接いで上に重ねた2メートルくらいの大量の蝋燭の刺さる燭台、東洋の磁器、東洋主題のタペスリー、ロココ調の時計、綴織りの背張の大きな椅子とソファー、ちょっとした風景画、馬の絵、天使の奏楽してる絵、天井にも天井画。
天井画を天井に見れるとか、意外と珍しいという皮肉(笑)
しかしリヒテンシュタインって国は…よっぽど地震の無い所なんだなぁ。不安定そうな磁器の背の高い燭台はもちろん、壁に吊り下げてある派手で巨大で重そうな鏡とか、この場所で震度4、5の以上の地震にはあいたくない(笑)
そして、充実のルーベンスコレクション。
リヒテンシュタイン侯が一時期はまってそれ以来ずっと集めているらしい。
リーフレットの表紙を飾っていた女の子など、その他飾られていた申し分のない名画群より小さい画面ながら、驚くほど魂をもって血が通っていました。
ピーテル・パウル・ルーベンス<クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像>
で、圧巻のルーベンスコレクション。
縦横3、4メートルはあるようなルーベンス。
ルーベンスの絵本体も迫力満点なのだけど、その周りの額縁を全く絵を引き立てるどころか競うように装飾過多っていて、迫力満点。飛び出す3D額縁。むしろ自己主張半端ない額縁に負けないルーベンスがすごい(笑)
本当にバロックはアツい。
そしてリヒテンシュタインって国は本当に地震の無い国だ(笑)
大きな地震があったら、絵を吊り下げる糸とかが切れて、こちら側に倒れかかってくるんだろうな。
……いいかも、ルーベンスの下敷きになって死ぬとか、格好良いかも。
むしろルーベンスで死にたい。