かつての貴族の館、バルベリーニ宮殿は今や美術館となっていて、やはりイタリア美術を中心に名画を所狭しと並べてあります。
偶然ですが、空にカモメが写ったのが嬉しい。
午後四時頃、でしょうか、殆ど誰も中にいなくて、寂しいくらいの独り占めです。
いちいちの部屋に天井画があって、一番始めに入った部屋で見たものが一番覚えやすくて好きでした。
一面空色に塗られた中に様々な種類の鳥たちが飛んでいます。
応時は壁もフレスコの装飾などで覆われていたのか知れませんが、壁はどこも一面の白。
一部屋だけ、薄暗い中に噴水があり、壁の装飾がすっかり傷んで僅かに形跡だけを残している。かつては、騙し絵による屋内庭園の趣だったのでしょうか? 今はまるでファンタジックな洞窟のよう。
一階だけでなく、二階も展示室。二階へは、いったん外へ出て屋外の階段を上らねばならない。
石造りの古い階段。蜂の紋章が所々。
さて中身は。
ブロンズィーノが気持ち悪かった。ごく普通の甲冑を来た男性肖像。のはずなのですが、表面の異常なほどの滑らかさが、何だかぬらぬらしていて、気持ち悪い。
ボルゲーゼでも、にょろりとしたプロポーションを持て余すように地面に座ったヨハネが、病んだ顔していてやはり気持ち悪かったけど、こちらも、入念で丁寧な仕上げのはずなのに、執念深すぎて気持ち悪いという不思議。
グエルチーノに出会う。ああ、この絵はここにあったのか…(笑)プーサンの前になんでもなく飾られている。
グエルチーノ<Et in Arcadia Ego.(アルカディアにも我あり)>
この絵も、私がどうしてもイタリアに少しでもいいから行かなければならなかった理由の幾ばくかを負っています。
…ある程度詳しく?はこちらの過去記事をご参照ください(笑)→アルカディアの墓についての徒然。
案外にそう大きくない絵で、全体的にダークトーンでぱっと目立つ訳でもありません。
しかし、まあ、君が起点だ。斜視なる本名ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリに敬意を!
カラヴァッジョは面白かった!ナルキッソスにユディットとホロフェルネス。
カラヴァッジョ<ナルキッソス>
本当にショッキングな程シンプルな画面。地面と水面とがちょうど潔く真ん中で分けられている。殆ど同じ上下反転した人物。ほんのわずかの違いで、水鏡を覗いている人だと認識できる、多分ぎりぎりのシンプルさなんじゃないだろうか。
カラヴァッジョ<ホロフェルネスの首を斬るユディット>
確かに、アルテミシア・ジェンティレスキより、ずっと弱々しい(笑)
参考図版。アルテミジア・ジェンティレスキ<ホロフェルネスの首を斬るユディット>
ちょっと骨とか斬りにくいなあ、みたいな眉をひそめているものの、案外のんびりした顔して、多分カラヴァッジョは、首を斬られる側により感情移入していた気がします。
オラツィオ・ジェンティレスキ<ホロフェルネスの首を持つユディット>
ヴァチカンにあったパパのジェンティレスキのユディットは、やはり男性目線な感じがします。一番、ファム・ファタル的な夢が入っているというか。多分、無意識に。でも格好いいよね。
同じ部屋で、ついにマンフレディの絵を見た。でも、図像すっかり忘れた…。
カラヴァッジョとセットになって出てくる、マンフレディ。しかし図版が載る事のないマンフレディ。因みに、「カラヴァッジョ=マンフレディ様式」ってマニアック?(マニアックかどうかも分からないし、生きている言葉なのかも分からない(笑))な専門用語のみで何となく頭に入ってるマンフレディという固有名詞。おそらく、早死にしたカラヴァッジョの後を引き継ぎ、通俗化して広めた人…なんじゃないかと勝手に思うのですが…いえ、「カラヴァッジョ=マンフレディ様式」について、何の説明も無くて類推するしか…。どうしても図版の無い人、きっとカラヴァッジョの劣化コピーみたいなものだったのかなぁ、ちょっと見てみたいな。とか思っていたのに、これっぽっちも何の絵だったかも思いだせない。おかしいな・・・? これがマンフレディ・クオリティてやつなんだろうか…。
そして、別室にあるベアトリーチェ・チェンチの肖像。
グイド・レーニ<ベアトリーチェ・チェンチ>
いつ見ても感動的です。本当に美しい絵。お涙頂戴の気配が全く嫌らしくないのは、やはり画家が心から同情していたとしか思えません。
振り返る彼女が前に向き直ったその先には、首を斬る処刑台がある。彼女の最後の一瞥と笑顔。
首を斬られる人を描くために、カラヴァッジョが彼女の公開処刑を見に行った、とかそうでないとか、伝え聞いていますが、私は確かな出どころは知りません。
面白い彫刻。ヴェールをかぶった人の彫刻。全て石なのに、透けたヴェールをかぶっている。
ピエトロ・ダ・コルトーナの巨大な天井画のある天井の高い巨大なホール。光沢のある布の壁に、小さな窓から、黄昏時の光が反射しています。
ピエトロ・ダ・コルトーナ<神の摂理の勝利>
天井が突き抜けて天国まで見えるかのような効果で描かれています。はるか頭上高く、雲に乗って舞う人々。
…が、実は多分、言う程はよく見えなかったのです。巨大過ぎて視野に収まらないのと、黄昏の暗さと、生来の視力の悪さで。
「空飛ぶ人々」などと言ったけれど、実際は、殆ど明るく光る一人くらいしか、多分きちんと見えていない。とにかく暗くて、ようやく3匹の蜂さん(バルベリーニ家の紋章)を見分けられるくらい。うーん、真っ当に見るには、予め画像をはっきり頭に入れておいて、見えないところを記憶で補う必要があったようです。
夕方は、この天井画を見るに、最良ではないかも知れません。
ただ、(負け惜しみを言えば、)何かその暗さと広さと静かさが、現実的な感覚から自分を拉し去り、自分こそがその空間の異物かのような、この世ならざる感覚を誘います。宴のあとの寂しさ、過ぎ去った時の哀愁。
我々は裏口のようなところから入ってきましたが、おそらくここがこの館の中心で客を迎えるのもここなのでしょうか?
廊下の窓から日没を眺める。今朝見たようなテンペラの黄味がかった群青の輝きの中に、石造りの建物と松のシルエット。
館を出て、再び屋外の階段。ライオンさんがお見送り。
あれっ、この浅浮き彫りのライオンさんも古代ローマの何かだったりするのだろうか…?似たものに見覚えが…。
ジョヴァンニ・バティスタ・ピラネージ<牢獄>(第2版5葉・ライオンの浅浮き彫り)
外に出れば冬の街はすっかり日没。再び地下鉄に乗ってテルミニ駅前の宿まで帰りました。
後々、帰国後に私は私にとって重大な見落としがあったことに気付きました。
ボロミーニ設計の、楕円形の美しい螺旋階段があるのが、このバルベリーニ宮殿だということです。
向こう側には何があるのだろう、と思いながら通り過ぎたあの向こう側にあったに違いありません。本来なら何よりも優先して見たかったはずです。
とても悔しい。
もういいまた行く。
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