忍者ブログ

○なんせんす・さむしんぐ○

美術や音楽の感想とか、動物中心のイラストのブログ。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

うらわ美術館、若林奮―飛葉と振動展

うらわ美術館。彫刻家、若林奮 飛葉と振動展。

 彫刻作品と、その為の思考実験のようなドローイング。
 右図は、展示されてた作品の記憶による(笑)再現。
 タイトルは泳ぐ犬。とかそんな感じ。鉄の犬が紫檀の台に埋められている。

 作品はどれも、抽象と具象の間で、結構哲学的で、分かったような分からないような。
 全体でテーマは「形にならないものを刻む」という感じ。

 例えば、ぽこぽこした球体が重なって、水蒸気のモクモクを表しているらしい作品。ちょっと正確なタイトル忘れたけど「犬から発生する水蒸気」みたいな…。
 犬の姿はなく、恐らく、水蒸気を表しているらしいモクモクに覆われている。
 別の作品にも犬というタイトルがあって、犬らしきものは見えない。
 ただし、だからといって、単なる言葉遊びや、適当な人を食ったタイトルで笑わそうという代物ではなく、見えないけれど「犬がいること」はこの彫刻作品の大切な要素なのです。


 例えば、自分と対象の物理的ではない、空気だとか何やかやで隔てられている「距離感」。それは、「風景」を彫刻するという形になって顕れる。
 時折、手形のようなもの、指先のような穴があいていて、それが観者の手=鑑賞の出発点・計測地点として機能しているようだ。

 ものと人との括弧つきの「距離感」、彫刻では表せない周囲の空気や雰囲気の存在感は、庭のモチーフへと発展していく。
 実際の庭の設計模型と作庭された写真。それに関するドローイング。
 (何でもいいけど、庭園って存在は、やっぱりいいものですね。庭ってだけで、判断停止的に好きだ。)

 例えば、その大部分が地中に埋まって、ほんの上部だけが実際に見え、その地中の姿を観者が想像するるいるという作品。やはり、見えないことも大切な要素。
 
 
 ドローイングは、立体作品の準備やコンセプトを書き留めたものだったり、やはり具象と抽象の間で、遠近法を想起させる分割線とか色の境目とか、抽象的なものの中に、犬とか木とか人とか、具象的なものがときどき混じっている。
 定かな意味はよく分からないけれど、何だか分かる気もする。
 そんな絶妙な具合です。

 どうやら犬は重要な意味を担うモチーフで、何かしかの記号であるようだけれども、定かな意味はよく分からない。
 どの犬も静止していない。走っていて、泳いでいて、山から駆け降りてくる。

 色はまるで12色のよくある水彩画セットから選ばれたような、ありふれた、既視感を覚える色。
 だけど、ちょっと綺麗で、静かな共感を呼ぶ。


 意外と、沢山の挿し絵や、本の装丁を手掛けていて、これも抽象と具象の間の感じ。
 これもやっぱり「あー、こういう何か意味深な感じの、ちょっと抽象的な絵の表紙よくあるわー」と、けっこうピッタリ。このはっきりした意味は分からないけど、分かる気もするっていう絶妙な具合が。

 多分、全てつまびらかであってはならないのだろうし、全くシュールな、現実の人間の感覚を超えたものであってもならない。やっぱり「確かに存在するけど、大部分地中に埋まってる」ぐらいを狙っているんだろうな。


「分かる(あるいは、分かるような気がする)ことの向こうに、沢山の分からないことが、知覚は出来ないけれど、でも確かに存在する」という感覚を、作品化しているんじゃないかな、と私は思った。

 それは確かに、明確な答えしかない世界よりは、真実らしいと思える。

 というようなことを分かったかも知れないけれど。

拍手[0回]

PR

なんせんす・さむしんぐ

なんせんす・さむしんぐ
お越し頂き有難うございます
美術・音楽の話題を中心に 時々イラストを描く当ブログ
お楽しみ頂ければ幸いです。
道に迷われましたら、まずは
「ご案内」にお進み下さい。

忍者ブログ [PR]