体内時計の時差を合わせる暇もあらばこそ、1日目が始まります。
本日の予定は、バチカン美術館→ボルゲーゼ美術館→バルベリーニ美術館。
あらかじめ、朝から晩まで3つの美術館を回るという、贅沢にしてハードなツアーに申し込んでいて、ガイドさん案内のもと、ローマで最も大きな駅のテルミニ駅から地下鉄に乗って、まずは法王退位に浮き足立つバチカンへ向かいます。直ぐ隣のサン・ピエトロ大聖堂はまた別日。
絵画館に入る前、テラスからバチカンの庭の一部を見下ろす。中は立ち入り禁止。中心に泉のある整形庭園は、塀で囲われて、道に沿ってオレンジの実る鉢植えが置かれています。イタリアでも冬は柑橘類の季節。
バチカンが各教会から集めたというピナコテーカ(絵画館)そのものは案外普通の美術館で、もちろん内装は重厚な雰囲気たっぷりですが、ゴシック辺りから名だたるイタリア美術をまんべんなく時系列に見ることが出来ます。
ジョットの殆ど完璧な祭壇画。これほど完璧なジョットは初めて見ます。
ジョットの祭壇画
フラ・アンジェリコの聖ニコラウス伝。画面はどこも明晰、いかにも初期ルネサンスな線遠近法、全体は非現実なほど輪郭線で区切られ、だけどぱりっとしつつも柔らかく、清らかな光に満ちて、たった今描かれたような鮮やかさ、滑らかさ。
フラ・アンジェリコの聖ニコラウス
この小さな絵は非常に気に入って、ほとんど知識として覚えているに過ぎないフラ・アンジェリコを、フラ・アンジェリコとして初めて認識させました。
実を言えば、フラ・アンジェリコを目的としないこの旅行中後々にも、この画家とは度々すれ違うことになります。
フラ・アンジェリコ。すっかり誰よりも気になるルネサンス画家の一人となりました。
フィリッポ・リッピの艶っぽい聖母子像。
どこかの教会から剥がした奏楽する天使のフレスコ画断片。傷んでいるものの、恐らく天井の方を飾っていた天使達を地上の目線で間近に見る。もちろん、奏楽の天使は私の無条件に好む画題なのです。
メロッツォ・ダ・フォルリの奏楽の天使
初期から中期、そして後期と見比べることの出来るラファエロ。しかし一番気になったのが隣にあったタペストリー。
???飛び出す3Dタペストリー。もとは大きなタピスリーの一部。これは何?このむさいおっさんは誰?
グイド・レーニにカラヴァッジョ。日本の絵とだいぶ違う足元に薔薇の散るザビエル像。
最後に、理想風景の中にいるアダムとイヴ。
ヴェンツェル・ペーターのアダムとエヴァ。
蛇から林檎を受け取っているところですが、彼らは小さく描かれ、主題はそれではありません。生き生きとした表情豊かな楽園の被造物たる動物たち。身近なものからエキゾチックなものまで博物誌的に描いてあります。周りに同じ多分ドイツ人画家の絵が掛けてあって、やはり動物画。シマウマ、ライオン、虎、梟、科学的興味に相まって、表情豊かで心底動物が好きそうな画家の感情移入を感じられる描きぶり。
ヴェンツェル・ペーターの梟ちゃん。正直、ラファエロよりかわいい。
やはりバチカンにあっても、こういういかにも啓蒙の時代らしい絵に反応してしまうのは、もはや第二の習性です。
でも、このように野生の動物を個性ある存在として、感情移入した書き方をするのって、18世紀以前にはあまり無かったのではないでしょうか? 私が無知なだけかしら。
ちなみに、離れた棟にシャガール、マティス、ダリなど近代的な絵画もありましたが、そこはツアー的に素通りとなりました。
絵画館は普通の間違いない名画ばかりですが、バチカン美術館の白眉はやはり古代のコレクションです。
松ぼっくりの中庭を通り抜けて、美しいグロテスク模様の描かれた階段へ。
建築そのものが、彫刻を飾る壁龕となっているのが面白い。松ぼっくりは豊穣のシンボルで、古代ローマのものだそう。ヴァチカン美術館は、掘り出したものを適当に格好良く組み合わせて、構成してくる、まるで生の奇想画(カプリッチョ)!(色々ばらばらなモチーフを空想で組み合わせた絵のこと。)カプリッチョなるものは、昔からのローマの習慣に過ぎないのかも知れません。
グロテスク階段は古代ローマの遺跡の壁に描かれていた文様を模したもので、発見場所は地下に埋もれて洞窟(グロッタ)のようだったのでグロッタ風=グロテスクという。もちろん、今の世で普通に言うグロテスクの元の言葉ですが、バチカンのこのグロテスクは、繊細にして派手からず地味からず、余白とのバランスが絶妙で趣味がいい。
ヴェルヴェデーレのアポロン、ラオコーンのある八角形の中庭。
その八角形の青空から射す陽光が、一見無造作に置かれた古代彫刻に強い陰影をつけています。
アポロンは改修中で柵に囲われて、肩の上を正面からしか見ることが出来ない。少し残念だ。
残念なアポロン。
因みに、このアポロン像の写真は、なるべく多くの部分を撮ろうと、腕をめいっぱい上に伸ばしてシャッターを押したものです。
床に敷かれて誰からも踏まれている古代のモザイク。
もとは浴場の床でしょうか、どれも水に因む神や怪獣がモチーフです。その白地に黒い塗り潰しの怪物たちの生き生きとしたこと。そして、それを恐らく元有ったように床の上に見て、古代ローマと目的違わず足の下に踏めること。
パンテオン風の天井から注がれる柔らかい陽光を受けて、堂々たるハドリアヌス帝とその愛人アントニウスの胸像。天然の光が直接に射して彫りの深い顔の一番高い所に反射する。
明日は、憧れの観光地、この人の別荘の廃墟へ行くのだと思うと、特別な、多少他の彫像より親密な気持ちで見上げてしまいます。幸いハドリアヌスは、顔立ちに特徴もあるので、尚更親しみやすい。
周りの遺跡から掘り出してきたであろう古代の素晴らしい遺物が、あちらの壁際、こちらの窓辺、所狭しと並べてあります。彫刻の台座もまた別の遺物という。
本当にイタリアはローマの遺産で食べている。こんなに素晴らしいコレクションが何百年も前からごろごろしているとは。そして、ここが遺産の全てではない。……あらゆる画家の創意が尽きなかった訳です。
そしてそれが、誰にでも公開されている現代の幸福!
どこの廊下も凝った天井画で、好きでした。一番のお気に入りは、漆喰装飾のように描かれた天井。特にどうというものではないけれど、グリフォンなどの白いレリーフモチーフが、菫、青、黄の地に軽快に描かれ、現代に近い室内装飾センスが、装飾しかない建物のなかで快適です。まあ、多分、近代のもの。
ラファエロやミケランジェロの詳しい事は、ものの本に任せようと思いますが。
ラファエロの間へ。かねて聞いていた通り、窓からの実際の光と画中の光と呼応して、同じ方向に影が出来ています。しかし窓の光よりずっと穏やかな光は、画中の何十人もの人物達の色彩を完璧に統率しています。
図版ではよく見るこの半円形の壁画ですが、なかなか面白いのはその下の部分。
図版に載らないから、ラファエロが描いた訳ではないのでしょうか、主役のフレスコを支える人像柱やその他の建築要素の目騙し的な装飾。
が、ラファエロだけなら落ち着いて、意外と過ごしやすい部屋かも知れませんが、この下部の装飾は案外煩い。
さて、ラファエロを見にこの部屋へ来た我々ですが、本来は、ラファエロのための部屋ではないはず。しかし、この装飾しかなくて落ち着かない場所で、一体ラファエロ鑑賞以外の何が出来るというのでしょう。
システィーナ礼拝堂。鮮烈。色だけでなく、輪郭も厳しく鮮やかに、実際に見るよりはっきりと、場面と場面の間の預言者たちは本当に彫刻のように、壁面の手前に浮きだしている! 確かな重量感と存在感、しかし天地のない天井で、地上の重力を離れた浮遊感。いいえ、決してよる辺なくふわふわしているのではなく、確固として在る。
ただ、宗教画かと言われると、どうもはっきり言えません。あるのは思想というより、人体を越えた人体です。建築とか、絵画とか、彫刻である以上に、ミケランジェロ。
二重螺旋の階段を降りて出口へ。非常に美しい階段、奈落の底へ導くかのような素敵な空間ですが、妙な傾斜でとても降りづらい。だんだんブレーキが利かなくなって、転ぶと多分…下まで止まらない。
さて、タクシーに乗ってボルゲーゼ美術館へ!
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余談。螺旋階段というのも、ルネサンス以降流行ったようで、螺旋階段の美術・文化史みたいなテーマ、面白いかも知れない。
ユベール・ロベール<カプラローラのファルネーゼ邸螺旋階段>
上の写真を撮るために、微妙に画中の人と同じことをしてしまった・・・。
でも、やるよね、素敵な螺旋階段で。吹き抜けを見上げる&覗きこむって。