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○なんせんす・さむしんぐ○

美術や音楽の感想とか、動物中心のイラストのブログ。

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イタリア旅行記 サン・ピエトロ、コロッセオ、フォロ・ロマーノ、街歩き

 さて、この記事でおしまい。
 ティヴォリに比べてこの4日目がかなり短くてバランスを欠くとか。。。いや、もう少し書こうとしたけど、コロッセオとフォロ・ロマーノのあたりで延々廃墟写真になるので、カットしました(笑)

 さてさて。ついにサン・ピエトロ寺院に行く時が来ました。
 第一日目に美術館は行ったけど、諸事情により聖堂と別々に行くことにしたのです。
 ベルニーニの列柱の腕に囲われた楕円形の広場。
 その列柱の間を通り抜けいよいよ中へ。

 さあ、右手に見えるのがかの有名なミケランジェロのピエタです。


 遠いよ…!  

 柵が張ってあって、十メートルは離れているでしょうか?
 豆粒のようなピエタ。
 ミケランジェロパワーが全然伝わらない。いや、離れていても傑作にはオーラがある、それは認めましょう。とはいえどんなに傑作だろうと、いくらなんでもこれは無理。この距離で感動するなんて、そんな眼力(と視力)は私にはありません。
 これだったら、パリのサン・ジェルヴェ教会の裏口にあったピエタの方が感動した。まあ、サン・ジェルヴぇもまたティヴォリ的な巡礼地だったこともあるのですが…。
(いや、確かピエタだったような気がするのだけど。人気のない裏口からそっと入ると、それが見下ろしていて、ゴシック建築の丈高い色硝子から降る光の粒が、マリアの頬に色とりどりに散っていた。)
 因みに、見せたいだけのサン・ジェルヴェの写真。
 
 さらにちなみに、そのピエタ(確か)が写真に収まっていないで、左の似たような別の写真を撮ってあるのは、その裏口の彫像の不意打ちに気圧されてレンズを向けるのが恐れ多く気が引けたからなのでした。
 さらに脱線すると、サン・ジェルヴェは20世紀に入って戦争で爆撃を受けて、半分くらい壊れてしまったので、このステンドグラスは新しいもの。その中で16世紀くらいのオルガンは残って現在パリ最古だというのが、きっとサン・ジェルヴェの歴代オルガニストの執念かも知れない(笑)

 で、イタリアにもどって。
 ピエタには微妙にがっかり……。これは見たうちには入れられない。
 それにしても屋内でこれだけ離れることが出来るのが凄い。というだけのことでも感動しておきましょう。悔し紛れに。
 ピエタ以外にも、いちいちの彫刻が無駄に躍動的で面白い。ドレーパリーが目に楽しいです。翻る衣紋は夢です。
  
ヴェロニカさん。そして後陣のごってりわらわら装飾が相変わらず好きだ。それを指さす彫刻も素敵だ。


 外は再び楕円形の広場。
 ある一点があって、そこに立って回廊を見ると、4列に並ぶ全ての柱が重なって一本に見える。おばけ煙突の原理で。面白い。

 それからツアー一同はコロッセオへ。
 壊れたというより、ローマが廃墟と化してから建築資材として切り出されていったけれど、結局使いきれずに遺ってしまったコロッセオ。

 石だけでなく、その石材を内部で補強していた鉄までも採りだされてしまって、あちこちに採鉱の穴が空いている。・・・補強材、抜いちゃうとか有り得ないだろ。

 発掘された装飾や、観客たちの捨てたごみ、暇潰しのいたずら書きなんかが、貴重な史料として大事に展示されています。

 関係ないけど、コロッセオに住んでいるらしい猫。

 中は大きく、ここで殉教した人々のため、十字架が立ててある。

 まさにこの場で、殉教した人々がいた…個人的には、どんな聖遺物より実感が湧きます。
 コロッセオなんて恰好の石材が、現代までこれほど遺ったのは、この為なのかも知れない?


 その後、やはりベタにフォロ・ロマーノなど。

 ローマの都は、テヴェレ川の土砂が堆積していくたびに、その上にその上にと新しい建物を建てていったのだそうで、つまり深く掘れば掘るほど古いものが出てくる。
 が、深く掘るには折角出土したより新しい時代の遺跡を壊さないとならない。もし今地上に出ている遺跡が歴史的に重要ならば、それを壊して堀り進むことは出来ない。
 また、都の衰退の後もなお今まで使われ続けているローマ建築もあり、当然その下を掘ることも出来ない。周りだけ掘ったものだから、教会の一つは入り口が見上げるばかりの場所になってしまっていたり。

 イタリアが統一されてから、より本格的、科学的な発掘・保存が始まった。それから現代までに、フォロ・ロマーノはすっかり周りの街からすり鉢状に低くなっています。

 今は全てあらわで各遺跡を根元から見ているけれど、ピラネージの時代は凱旋門も柱の残骸も半分まで埋まっていたのだそうです。
 クロード、ピラネージ、ロベールにフラゴ、そしてこの一連の記事の冒頭に無理やり呼び出したゲーテも、皆このはるか頭上を歩いていたのです。
 
 
 

 私は根本は歴史ではなく美術の愛好家なので、ローマの建築がクロードの廃墟のまま遺らないで、史跡になってしまったのが、本当に惜しい。

 関係ないけど、フォロ・ロマーノに住んでいるらしい猫。

 
 すり鉢状のフォロ・ロマーノを再び登って、そこを後にします。
 例の有名なローマのシンボル、雌狼を発見。

 なんだこの偽物感・・・(笑)とくに狼の足元の物体とか・・・。まあ、冬だからね。

 もう少し坂を登ると本物がありました。いや、本物と言うと語弊があります。野ざらしのこれもコピーで本当の本物は博物館にちゃんと収蔵されているそう。
 坂を登りきると騎馬像のあるカンピドーリオの丘に裏口から浸入します。

 ああ、ここ、先日の展覧会で出てた素描でロベールが描いてたとこだ…。

 さて、ゆるゆる街歩きです。
 テヴェレ川の方のマルセラ劇場、フォルトゥーナやウェスタ神殿など。
 ようやくイタリアカラスの写真を撮る。この地のカラスは黒と灰色の2色なのが珍しいです。
ウェスタ神殿の前は小さな公園のようになっています。

夜に下から光をあてるため芝生にはえている照明器具の上に一羽のジョウビタキが止まっている。 カラスは白黒だけど、ジョウビタキは色も変わらず、尾を振りつつ、頭を下げつつ、時折さっと芝生の上に舞い降り、またすぐ見晴らしのいい照明器具の上に戻っていきます。

 イエズス会のイル・ジェズ聖堂に行きたかったのですが、3時頃になっても扉は開かない。 もう少し時を置いたら開くかしら、とまた周囲をぶらり。
 このままイル・ジェズ聖堂が開かない可能性が多いにあったので、埋め合わせにふと見かけた聖堂にふらりと立ち寄ってみる。
 サンタ・マリア・ソプラミネルヴァ聖堂は、超すっきりした入り口正面とは打って変わって、内部は身廊の天井が交差した尖頭ヴォールトで、その曲面は鮮やかな青一色、美しい星々がちりばめられている。

 おや、ミシェル・フイエの「イタリア美術」という本には「イタリアでゴシックの時代にゴシック建築はそんなに流行らなかった」と書いてあったから、こんなにステンドグラスもばっちりな、がっつりゴシックなのは結構珍しいのかも。いえ、いつ建てられたのか知らないけれど。
 そして、事前に調べることもしていなかったので、特に狙った訳ではないけれど、そこにはローマに来て以来俄かにファンになったフラ・アンジェリコが眠っているのだそうです。

 再びイル・ジェズ聖堂。開く気配は無し。
 もしだったら天井画が見られたはずだ。まろりーの見たかったジェズ聖堂の天井画はリンク先のウィキペディアでご参照ください。
 バロックなるものに多大なる影響を及ぼしたというイエズス会。イエズス会といえばバロック。その本拠地・総本山(たぶん)とも言えるイル・ジェズ聖堂。うーん、見たかったな。
 聖フランシスコ・ザビエルが祀られていて、彼は日本の守護聖人であるらしいよ。

 ぶらぶら周りの街並みと、さりげなく点在する遺跡を楽しみながら、女子な感じのガイドブックにあったお店など立ち寄る。
 イタリア旅行なんて銘打っているけど、ローマは多分、正確にはイタリアでないだろうと思う。これだけの保存すべき遺跡を抱えて、これで「近代的発展」なんて出来る訳ない。

 日も大分傾いて来て、最後に向かうはサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂。
 この旅の最終日の最後の観光地としては最高にふさわしい場所で、何故ならそこにはベルニーニの墓があるからなのです。

 入口正面の装飾はちょっと変わっている。
 2階がバルコニーのようになっていて、そのさらに上方を支える柱と柱、アーチの隙間から壁のモザイク(多分)のキリストが見える。そのバルコニーの両端に誰かいる、かと思いきや、天使の彫刻でした。

 左の天使さんが、こっち見てる…。若干、夜動きそうで不気味かもしれない。

 1日が終わろうとする時の、沈みかけの太陽の、赤みを帯びた光が、聖母子像を黄昏の暗がりから照らし出し、背後の古い金のモザイクを輝かせている。

 極美な! この旅行中見た、最もダイナミックな、ドラマチックな陰影でした。

 でも結局、ベルニーニの墓の場所はよく分からなかった。宿に帰って調べてみると、内陣の辺りの床だとか…。
 あっ、その辺で何かアルファベットの書いてある床石を踏んだぞ! あれだったのか、ごめんよベルニーニ!

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 追記。  最後の晩餐は、ふとドトール的なカフェで見かけたタルト。  
 友よ、なぜ私がこれを特に所望したか分かるかね。
 少し前に来日して素敵だったシャルダンの木苺の籠が美味しそうだったのをまだ引きずっていて、やあイタリアであの絵からこぼれたような木苺に会ったぞ、と。

 追記2。道端で買ったお土産。ファブリさん。

  18世紀のグランドツーリストを気取って、当時のお土産として大人気だったヴェネチア絵画(の画集)を買ってみたよ。
 ロンギとグァルディ。・・・ヴェネツィア行ってないのにね。
 商品に直にマジックで2ユーロとか書いてあるし。2ユーロでも高くないか…!? しかもあれです、読めもしないイタリア語です。
 しかし、小型とはいえロンギ単体の画集なんて初めて見たわ…。流石はイタリア。

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