ボマルツォの怪物たちのことを、
通称ボマルツォ怪物公園、そこはマニエリスムの代表的な、
そこはその心の拗けた、いじけた空間に、
しかし、その苦みと痛みを伴う共感が、決して「苦痛」
世界に白か黒かの2色しかないなら、明らかに黒の方。しかし、
そういう訳なので(?)、澁澤龍彦が言及していて、
やはり長い間エステ荘以上に放置されていたというこの庭は、
ご安心あれ、今はすっかり観光用に整備され、
ローマから朝、ツアー会社のミニバスに乗って出発です。
車窓から見えるのは、ローマの市外に広がるなだらかな土地。
そう標高の高いところではないそうですが、朝の外気は冷たく、
さて、公園へ向かう手前の原っぱで、隣の敷地のロバが二頭、柵越しに見下ろしている。少し距離を空けるだけで直ぐににもやがかって、ハレーション気味に朝露がきらめきます。
小さな門から侵入するや、
取り敢えず左手に進むと「いもり」に出会います。
意味もなく木々の間にヤヌスや二面の女性の顔の柱など。
山がちな段差を生かした立体的な庭で、狭い階段を降ると、
ヘラクレスは人を逆さ吊りにして、
英雄にも怪物にも、例えば、
パルナッスス山の噴水のある広場に降りてきます。
それと対峙するように、自然風の流水の中に、
不思議な価値観。これが、ルネサンスを経た人の庭でしょうか?
険しい岩々に堰き止められた水は、
エステ荘で、あれ程整然と自然を模した人工を極めていたのに、
因みに、庭の設計はピッロ・リゴーリオ。
現地のガイドさんに聞くまで知らなかったけど、
つまりは、このボマルツォ怪物公園とヴィラ・
エステ荘は、
怪物公園も高低差を使って巨像を配置したりしますが、
エステ荘に礼賛される「自然」は、
でも怪物公園に関わる自然は、制御不能な荒々しい自然。
ヴィラ・デステは、初め政治的な接待、
一方怪物公園は、根は悪い子じゃないし、
……といってもこれはあくまでも私の見た現代の有り様なので、
何気なく転がるモチーフもどことなく嗜虐的。ほとんど崩れかけた三美神の壁龕の手前で、仰向けにぐったりしている蛇足の女。
神殿風の、何か。
のっぺりしたプロポーションの女神像は怪物の台座に立っている。梁の不気味な顔が片方は地面に落ちていて、半分崩れて見える。
高台から向こうに見えるのが、もっとも大きくて奇怪なオブジェ。傾いた家。
地盤沈下によって傾いてしまった家ではなく、
外から見ても、いかにも不安定で嫌な感じですが、中に入ると即、
なんというか、「建物」と呼んでいいのか「彫刻」と呼んでいいのか、先の神殿みたく呼び名に困るものがごろごろと…。
そして、庭の真ん中に放置されているベンチも傾いています。
木の根っこに押し上げられたとかでなく、やっぱり多分、
列柱が立つ奥にポセイドンの噴水。
頭に水盤を載せる女性。多分、水盤から水が流れる趣向かしら。
写真の遠近法ではなく、これも本当に足が太いプロポーション。そして見上げるばかりに大きい。
ゴーギャンのタヒチの女みたいなプリミティブで土っぽい、
もう何だか、理想のすらりとした八頭身とか古典の規範には、
リゴーリオという人、ルネサンス末期にあって、
彼は遺跡の発掘研究もしている、いわば古典古代の大家だろうに、
さて、ボマルツォ怪物公園のマスコットキャラクターがこちら。
オーガ。人食い鬼。
この中は備え付けの石のテーブルとベンチがあって、
もちろん、地面から口を大きく開いて人を呑み込む怪物って、
上にのって楽しむことの出来る象の像とか。良く見ると、
墓穴。
シンプルにして、もっともその気持ち悪さで印象深かった彫刻、
岩に穿たれた細長い長方形のただの穴。それだけ。
中身は空っぽ。何もない虚ろだけが在る。
実用的なものには見えないけど、墓穴にしか見えない。
墓穴があるということは、そこに入れられるべきアレがあった。
この微笑を誘う禍々しさ! 大真面目な馬鹿馬鹿しさ。
拭えぬ憂愁と、喪失感。しかも昇華しきれてない痛々しさ、
どれもどことなく嗜虐的だったり、無駄にグロかったり、
階段を上がるとプロセルピナの像。
ボルゲーゼでは乙女であったのに、
肩の向こうにケルベロスがいるし、反対側もエキドナ(ケル
セクシーを通り越すほど180度に両脚を開いた女の足は
呪術的な形をしているから、
地下の女王のペルセポネーの広場に、
種が沢山ついている松ぼっくりは、豊かさを象徴するとか。
ペルセポネ居ます死者の行く地下世界、しかしそこは、
ペルセポネも、春になれば、再び乙女として地上に現れる。
(…死と再生をテーマとすると、あの虚ろな墓穴の主は、
(もしかして、冒頭で意味不明と見た二面のヤヌスも、
そして、その冥界広場に、依頼主オルシーニのシンボルと言える、
台座の上で、一方が大輪の花を、一方が紋章の盾を掲げている。
…よりにもよって、冥界広場に家名の熊を置いちゃうセンス。
ケルベロスの脇を抜けて階段を登ると建物の裏手に出る。
玩具みたいな神殿風の建物。列柱があって、ドームを備えていて、とりあえず「建物」とは呼べる、形容矛盾だけれど、しかし
しかし一番端正な建物で、一番高い所にあり、
やっぱり原っぱは一面朝露に濡れて輝く。
側に大きな門。これが正門かしら? だとしたら、ここが初めだったのかな。
この極小のパンテオンから、段を降りて、冥界へようこそ。
この庭は、どこまでが冗談でどこまでが本気なのか分からない。
全部が全部ねたのような気もするし、
今やその本意はなかなか失われているようで、つまりは、
見た目も普通に面白いので、何も解釈しないでも十分面白い。
上の解釈(そんなものではないけど)は、例えていうなら、
でも、ここで私は、思わずこんな空想を巡らせてしまっていたのでした。
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