館の端からいよいよ外へ。既に第一歩から美しい。
庭の初めのデザインはピッロ・リゴーリオという芸術家。
この人は考古学にも明るく、近くのハドリアヌス帝別荘の発掘研究もしたのだそうで、その成果をエステ荘でも生かしたのだとかいうことです。
イタリアの考古学者は美術家でもなければならない。しかしイタリアでも何処でも古今東西、多分考古学者は美術家たるべきだし、大なり小なり美術家なんだろうな。
邸内や庭にヴィラ・アドリアーナから発掘されたものを並べたこともあったけれど、現在までに持ち出されてしまっているそうです。
右:カミーユ・コロー<ヴィラ・デステ>
この写真の場所は、まさしくコローが下から描いたこの場所。
そして、欄干。コローの欄干だ!
コロー<ティボリ、ヴィラ・デステの庭>
本当にこの絵は傑作です。実際を再現した訳ではないというコローの絵を見ていても素敵な場所だと思っていたけど、実物も素晴らしい。
この絵はこの欄干と起伏に富む背景だけでほぼ完結しているけど、描かれていないところで数々の噴水のある下の部分と、手すりの陰になった裏側が、広がっていたのです。
でも庭の最上段のこの手すりに、このように座ってみる勇気は流石にありませんでした。割と高所です。
我々はコローの絵の裏側に降りて行きます。
ローマを表現した噴水は日に輝き、苔に覆われてテヴェレ川の擬人像が隠れている。狼と双子の像やオベリスク。
もっとも美しいパサージュ、百の噴水。
二段になっていて、水は上段で垂直と扇状に噴き上げ、下段で怪物たちの口から吐き出されます。
苔が張り付き、柔らかな植物が生え垂れ下がり、それらとすっかり同化した石の怪物たち。怪物の顔は流水と植物に変わってしまう。
延々と百も連なるそれは、水と植物と石のグロテスク!
全くそうです。私はグロテスクの間を歩いている……なんて空想。
そこを通り抜けると卵形の噴水。
滝の裏側を通り抜ける半円のアーチ回廊。今は通行禁止なのが勿体ないけど、なんてファンシーなんだろう。空想の先では容易に柱の隙間から光の射すこの薄暗い道を歩いて行けます。
水の滴る音を耳元に聞くでしょう。風も感じるでしょうか。アーチの低い天井に水の反射が踊ることもあるのかしら? 揺らめく水越しに、暗い中から明るい庭が、或いは隠れて、或いは隙間から見えるのでしょう。
回廊を抜けたその先から振り返った反対側の景色は、我らがロベールの素晴らしい素描におまかせ!
ユベール・ロベール<ヴィラ・デステの庭>
水の自動演奏オルガンがあったりします。
水の圧力で風を送り、水流で孔を開けたり閉めたりするのだそう。
音を聞くことは出来ないけど、装飾がオルフェウスなので、音が出ないときも問題ない。庭というのは何かしら理想の世界をなぞろうとします。オルガンとオルフェウス=音楽=調和かしら。
神殿風の噴水としての外見も面白いけれど、小難しい科学やら物理学やらを(超文系人間なのでその類はどんな些細なものでも何でも小難しいのです)、このような巨大な玩具に惜し気もなく投入するのが、何というか小気味いい。しかもきっと当時最先端の科学でおおはしゃぎだったに違いないのです。
大音響の噴水を上から見下ろす小さな台がしつらえられて、それに従って見下ろすと、虹が掛かっている。これが虹を見るために設置されたのだとしたら、洒落ているじゃないの(笑)
豊富な水量が勢い良く噴き出すのは、やはりリッチな感じ。水の轟きが気分を高揚させます。
そして。
フラゴナール<ヴィラ・デステの庭の大糸杉>
糸杉!!
ここだ、この場所だ!
フラゴナールの素描にあった、あの大きな糸杉。ヴィラ・デステの糸杉!
ついにここに来たぞ、まさにこの辺りでフラゴナールは素描していたんだ。
同じ糸杉かしら? 250年経って幾分成長しているみたいで、糸杉の全てを写真に納めるには、フラゴナールよりずっと下がらないとならないみたい。
この糸杉は、もちろん勝手に生やしたものではなく、いつの時代からか(始めからなのかどうか知らない。)しっかりと庭園デザインのモニュメントとして植えられています。
噴き吹き上げる水と呼応して、うねる対なる樹の幹が空に伸びる。
後で見て回ったけれどフラゴの素描の奥の謎の物体もきちんとありました。
そこからでは靄に霞んで実際には見えなかったけど、ベルニーニが設計したという噴水で、確かに庭の中軸に置かれています。
インパクト大の豊穣のディアナの噴水、「エフェソスのアルテミス」。
古代ギリシア(多分)のエフェソスで信仰されていた豊穣多産の女神像。
これもどこかローマ遺跡から発掘した古代の彫刻が元になっていて、大理石の物がヴァチカンにありました。
もちろん、ヴァチカンのは沢山の乳房から水が出たりはしない。すべすべした大理石のヴァチカンのと違って荒々しい石で作られていて、私には余計に「ご利益」がありそうに見えます。
この女神像はその異形なデザインに一瞬びっくりするけれど、確かに生命を育む母なる大地の豊かさというものが表現されていて、この古風でストレートな発想は面白い。
まあ、胸から水が出る発想はやっぱり一瞬びっくりするけれど、水というのも生命を育むものだし、それが噴き出すのも、やっぱり元の豊穣のモチーフを強調するもので、違和感は無いし、むしろ意味の重複を狙ったものだと思える。
設置してある台も掘り出したそのままという風の、「自然」を模しているのかしら。
由来は知らないのだけど、やはりリゴーリオさんの着想だろうか?
楕円を描く階段。ヴィラ・デステの大階段!
かと思っていたのだけど、あれれ、フラゴナールが言ってたより、意外に狭くて小さい。
図版に、フラゴナールはかなり拡大して描いたなんて、説明があったけど、本当にそのようです。
この絵を見て、広大なヴェルサイユ的な庭園とかを若干イメージしていたけど、実際は、建物もそうだけど決して物理的に広い庭ではない。
もっとも、真実の確認に来た訳ではありません。そんなものはどうでもよろしい。この庭、この空気、この空間がどのように画題を提供したか、し得るか、なのです。
でも、まさにここ。フラゴナールも確実にここに立った違いない。
ところで、帰国後でエステ荘の思い出を某氏に喋っていると、フランツ・リストが「エステ荘の噴水」というピアノ曲を作曲している事を教えられた。
「印象派の先駆けとも言われる結構有名な曲です。知らないんですか?」
「リストは一顧だにしてきませんでした。エステ荘の噴水なんて素敵! 少なくともタイトルは気に入りました。」
早速、調べてみると「巡礼の年」という曲集があって、その中の1曲ですって。そしてこの巡礼の年という曲集、タイトルだけ見ると、超面白そう!
例えば「エステ荘の糸杉」。「ダンテを読んで」
「サルヴァトル・ローザのカンツォネッタ」とか、何それ何それ、どんな曲なんだろう。デュゲでもマニャスコでもなくローザって言うからには、山賊のお話なんだよね。場末の酒場で出会った無口な男、元山賊ローザがぽつりぽつり話す冒険潭とか、雷鳴轟き狼の吠える峻険な山道で山賊ローザに出くわして冒険に巻き込まれるとか、指輪物語的な(しかしラノベな)壮大な展開を超妄想しちゃう。……山賊から離れろって(笑)で、リストのおじさんが暖炉端で話してくれるの(どんなキャラ)
念のため言いますが、サルヴァトル・ローザは伝説の山賊ではなく、ちょっとロックな風景画を得意とする画家です。山賊が出没しそうな雰囲気の荒々しい山の描写が格好いいので、いつの頃からかローザ山賊伝説が生まれたのだということです。
でもローザと糸杉の曲、CDはとても少ないみたい。図書館にも無かった。…そんなにポップな聴きやすい曲ではないとみた。
でもいつか一聴はしよう。「巡礼の年」のエステ荘の糸杉。
私にとっても、まさに巡礼地だったのですから。糸杉を思うと、必ずこの巡礼地を思い起こすことでしょう。
ティボリの思い出はこれでおしまい。
本当は、このシビュラの神殿も見たかったのだけど、冬季は解放していないのだって。
左:ピラネージ<シビュラ神殿>、右:ヨハン・フィリップ・ハッケルト<シビュラ神殿>
今は知らないけれど、かつてはこのような風景だったらしい。その面影でも今は見られるでしょうか。
左:ガルパール・ファン・ヴィッテル、右:ハッケルト<ティボリの大瀑布>
フラゴナール<ティボリの大瀑布>
流石にこれは残っていまいよ、多くの人の心を捕えたアーチの高架。
ティボリの大半は、まだ夢の中です。
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