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○なんせんす・さむしんぐ○

美術や音楽の感想とか、動物中心のイラストのブログ。

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ヴァトー、ゲーテ、ベートーヴェンの旅するマーモット使いについて

 
アントワーヌ・ヴァトー〈サヴォワの少年とマーモット(ラ・マーモット)〉
 さてさて、ヴァトーのラ・マーモット。

 このマーモットのつぶらな瞳に誘われて、ちょろーと興味の赴くままに、マーモットを巡る小ねたを集めていたのです。
 これが案外歴史や文化がとても深くて、まじめに研究するなら一冊本とかが書けちゃいそうな勢い。(調べてはいないけど、おそらくマーモット文化についての研究書が世界のどこかで出ていてもいい思う。)
 という訳で、今日は諸国を巡るマーモット使いのお話。


 ヴァトーが描いたこちらの少年は誰かというと、絵のタイトルそのまま、マーモットを連れたサヴォワ人の少年。
 18世紀から19世紀にかけて、フランスでは音楽に合わせて踊るよう仕込んだマーモットを連れて各地を巡業するサヴォワ出身の子供たちがよく出没したのだそうです。
  因みに、マーモットはずんぐりしたウサギくらいのげっ歯類だけど、ペットで人気のモルモットではありません。と、いかにも知った風に言いましたが、しかしまろりーも本物見たことありません^^;

 サヴォワはフランス東南部、アルプス山脈に接した地域で、マーモット廻し芸人の商売道具、アルプスマーモットもその辺のアルプスの山に暮らしています。

 普通のサヴォワ人は、アルプスの雄大な自然の中で、農業をして暮らしているのだそうですが、何故、サヴォワの子供がわざわざ土地を離れて、パリとか各地に出掛けていったかといえば、18世紀当時、サヴォワは貧しく故郷では食べられなかったから。
 彼らの典型的な職業が、マーモット廻しか、きつい汚い危険な煙突掃除の仕事。

 特に、特にアルプス出身のサヴォワ人ならではな、馴らしたマーモットを音楽に合わせて躍らせるという芸は、当時のフランス人に強い印象を与えたようで、マーモットと同じアルプス生まれのサヴォワ人そのものが「マーモット」さんと呼ばれるようになった程のようだ。

 さて、そんなぼろを纏って厳しい生活を送る貧しい子供たちですが、ヴァトーの描いた少年はマーモット箱を肩にかけ、堂々と胸を張り、楽器(リコーダーの仲間のフラジョレット?)を掲げて、お伴のマーモットもカメラ目線です。
 もう季節は秋口か冬なのでしょうか、黄色く草の枯れた地面や葉を落とした木が、鮮やかな空色を引き立たせています。
 そして、青の空と黄色の地面を繋ぐように、ちっともお洒落でないマーモット色の茶色い服を来て真っ直ぐ立つマーモット使いの少年。

 過度な理想化はなく、背景その他で絵らしいファンタジックな雰囲気を盛り上げている訳でもなく、かといって貧しい農村出の芸人に対する同情やプロレタリア的な厳しさも勿論ない。
 ヴァトーとその同時代の人達が、サヴォワのマーモット芸人というキャラクターに抱く興味そのままの視線なのかも知れない、と思うくらいの、なんと言うか直球な描き方のような気がします。

 ヴァトーは、他にもサヴォワ人たちの素描が何枚も描いていて、この外国人(当時のサヴォワはフランスにとって外国扱い)に対するヴァトーの高い興味が伺えます。
 もしかしたら、病弱なヴァトーには、国を渡り、自由に旅するサヴォワ人たちに憧れがあったのかも知れません。

 もちろん勝手な見方。でも、こういうキャラクターとしてのマーモット使いは、ファンタジーとして十分、現代人の興味を引くと思うんだ。
 だって、マーモットのみを孤独な旅の道連れとして、田舎の故郷を立ち諸国を渡る旅楽師なんてロマンチックで素敵じゃないか!
 うん、18世紀の話だけど、この記事の主成分はロマン主義です(笑)

 まあ、ヴァトーの絵には、マーモット使いに仮託した何かしかの(性的な?)寓意があるかも、という説もあるようですが、何にせよ、サヴォワのマーモット使いが描いてあることには変わりない。


 そもそもマーモットってどんな生き物かしら、とネットを調べていたら。
 そんな中見つけたのがゲーテの詩にベートーヴェンが曲を付けたというマーモット芸人の歌、「ラ・マルモット」。
 気になって早速ユーチューブで曲を聞いてみると


 ゲーテ作詞+ベートーヴェン作曲×古楽or民俗音楽調=堪らん!

 何だこれ、今まで聞いた数少ないベートーヴェンの中で一番好きだ!

Ich komme schon durch manches land,
avec que la marmotte.
Und immer was zu essen fand,
avec que la marmotte.
Avec que si, avec que la,
avec que la marmotte.

僕はもう沢山の国ぐにを越えてきたよ
このマーモットと一緒に
そうしていつも食べるものを見つけてきたよ
このマーモットと一緒に
一緒にこちら 一緒にあちら
このマーモットと一緒に

 ゲーテ作の大体の歌詞は↑のような意味っぽいです。で、avec que la marmotte(マーモットと一緒に)をリフレインしながら2番3番と続く。
 原語はフランス語圏の故郷を離れて各国渡り歩いてドイツにもやってきたサヴォワ人らしく、ドイツ語、フランス語、イタリア語を混ぜこぜで使っています。
 因みに参考に付けた日本語はエキサイト翻訳参照なので、とても怪しい。


 大体、演奏してるコスプレの方々が後ろのドイツの中世っぽい街並みと嵌りすぎて素敵すぎ。

 淡々とした前半部分と、ちょっぴりエモーショナルな後半部分からなる哀愁漂うメロディ。
 無料でネット公開されてるピアノ譜を適当に拾って弾いてみると、その楽譜が「正統」かどうかは分からないのですが、左手の伴奏はミュゼット風みたい。

 演奏は、まろりーの拾った楽譜と調が違うけど、まあこんな感じ。もちろん、チェンバロ演奏でも全く問題ない。

 そもそもミュゼット形式の曲が大好きだ!
 羊飼いの楽器たるミュゼットではなく、同じくドローンを持つ大道芸人の楽器ヴィエル(ハーディガーディ)のイメージでしょうね。
 
 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール〈犬を連れたヴィエル弾き〉
 この絵は、目の見えない故に定職が無く、旅する初老の辻楽師。ベートーヴェンのマーモット使いは、こんなにずっしりした悲壮感はないけれど、多分、貧乏ぐらしはどっこいどっこいじゃないかなぁ。

 何だか雰囲気良いなぁー。
 貧しい故郷を離れて旅をする寂しさ、明日をも知れないその日暮らし、しかし色々な国を巡る自由気ままさ、各国の言語を混ぜて使ってしまう気取らなさ、そして唯一の伴たるマーモット。
 まあ、ちょっと過剰解釈のきらいもあるけど、歌詞のリフレインに「唯一無二の財産にして友のこのマーモット!」っていう気持ちが籠ってる気がする。言い過ぎかな(笑)

 色々なマーモット絵があるけれど、ゲーテ作詞・ベートーヴェン作曲の歌と、ヴァトーの絵の雰囲気と割と合っていると思いませんか。
 リアルすぎない、美化しすぎない。でも、ほんのり憧れがある。

 アコーディオンによる軽快な舞曲風演奏は、「サア楽シイまーもっとノ見世物ガ始マルヨ!」って道化た感じがして、これも楽しい。


 みんなのアレンジ、すっごい楽しい!
 歌い方、アレンジの違いで色々な雰囲気になる。でも、どれもマーモット使いっぽい。

 サヴォワのマーモット使いは18世紀を通して、結構人気だったようで、例えば、ドルーエのサヴォワの子供たちは、見た目重視。

フランソワ=ユベール・ドルーエ〈デューク・ド・ブイヨンの子供たち〉
 ヴァトーさんと比べると、美化が著しい。
 それもそのはず、貴族の子供たちのコスプレ肖像画のようです。
 とはいえ、ぼろを纏ってマーモットをハーディガーディで踊らせるサヴォワの子供たちの姿を幾分か伝えているのではないでしょうか。

 ドルーエの甘ったるいとも言える、サヴォワのマーモット使いの子供たちを見ると・・・
 ラ・トゥールみたいな呵責なき写実がある一方で、容赦なき理想もある気がする。
 故郷が貧しく、子供と動物だけで放浪しなければ暮らせないし、その間にもしかしたら行き倒れることもあったのかも知れない過酷な現実というものは、容赦なく薔薇色に塗りこめられてしまっています。
 もちろん、貴族のご子息様だからなんだけど。

 そうだよね、子供のコスプレ写真撮るって言って、例えば海賊の格好をさせるとき、本当の海賊になってほしい親は多分いないと思うし、そこで厳しいリアリティ追求する親もいないだろうと思う…。

 現実のマーモット使いどうでもいいから、可愛い子供と可愛い動物で可愛ければいいやっていうきらっきらファンタジー。
 18世紀のとりわけ後半の人達にとって、子供というのはまだ大人の堕落に汚されていない無垢で特別な時間を過す存在で、ドルーエの絵はそのような大人達の夢を乗っけているようです。
 
ドルーエ〈サヴォワ人としてのコント・ド・ショワズールとシュヴァリエ・ド・ショワズール〉
 別の子供たちもサヴォワ人コスプレしてます。結構人気。
 こいつらはゲーテとベートーヴェンのドイツには絶対行かない(笑)

 さてさて。
 画題以外にも、サヴォワの芸人たちは18世紀を通してフランスに(ゲーテが詩にするってことはドイツにも広く進出していたのかな?)社会現象を巻き起こします。

 現代のフランス語でmarmotteを引くと
1、[動物]マーモット類:リス科の哺乳類
…中略…
6、(サヴォワ人の)マーモット使い:マーモットを見世物にした18世紀の興行師
7、(18世紀の婦人の)スカーフ:頭を包み額の所で結ぶスカーフ
(カシオの電子辞書、ロベール仏和大辞典1988より。)

 18世紀のサヴォワのマーモット使いの痕跡が現代の辞書でも残っています。

  ジャン=オノレ・フラゴナール〈ヴィエル弾きの少女〉
 マーモットはいないけど、ヴィエル弾きならラ・トゥールのよりこっちのほうがしっくりくるかな。小品ながら、レンブラント風の強く当たるスポットライトがドラマチック。
 おそらくサヴォワの芸人お姉さん。(それか、サヴォワ風のコスプレ)

 このお姉さんが被っている頬かむり、fichu en marmotte 。あるいはa la marmotte。
 「マーモット被り」ともいえるファッションがどうやらあったようで、一時期身分の高い人にも採用されたファッションでした。
 (すみません、辞書の頭を包み「額で」結ぶスタイルの事はよくわかりませんでした)
 フラゴナール〈マーモット風の少女〉
 上のお姉さんと同一人物でしょうか?マーモット箱にマーモットを入れたお姉さん。

 サヴォワの農家の女性がよく被っていたこのスタイル。シルエットも、ぴょこんと猫耳ならぬマーモット耳が飛び出てるように見える。だから「マーモット風」スカーフ。

 18世紀、牧歌的世界へのあこがれから、羊飼い風とか農民風のファッションが、あくまでもファッションとして流行りました。
 18世紀当時の都会人にとって、農民の女性は、都会の悪習に染まっておらず、理想の女性が持っている慎ましさとか純真さとか、あらゆる美徳を生まれながらに(誰にも強制されることなく)備えていると考えられたのでした。

 そんな訳で、サヴォワの田舎のお姉さんが被っているというイメージだった、スカーフを被って顎の下で縛るスタイルが「マーモット風」と呼ばれ、「サヴォワっ子めんこい」と(言われていたかどうかは定かではないが)一種の無垢への憧れをもって、ファッションとしてのマーモット被りが取り入れられたようです。

 それにしたって、フラゴはときどき動物の描写が適当すぎる。
 何このゆるキャラ…。マーモットに見えない。でも箱の隙間からちょろっと手を出してるのが可愛い。


 あくまでもインターネット調べではありますが、いくつかサイトを巡った中で、
 マーモットスタイルについて、ほほうと思った記事がありました。(こちらのTerminology: Marmottes and the Savoyarde styleの記事。)

  牧歌的な素朴さを持つ田舎娘として、都会人の目に映ったマーモット娘。
 ところが、十数年の時が経つと、一部のマーモットさん達はすっかり都会に毒されてしまって、何ともっとセクシーな職業に就いてしまうようなのです。
 それで「マーモット(=サヴォワ)風」のヘッドドレスは、ヘアースタイルが巨大化する流行に乗ってゴージャス化、そして強気な女のセクシーファッションというイメージに変わってしまうのだそうです。

 うわっ、都会は何でも人を悪くする!(←By J.J.ルソー)
 雄大なアルプスに抱かれた田舎から出てきたうぶな女の子が、パリで男を食い物にする夜の女に変身するってそんなドラマチック求めてな…いや、これはこれでおもしろそうだ。
 本当かな。しかしとってもありそうな話だ。

 はてさて。

 ヴァトーの絵、ゲーテの詩、ベートーヴェンの音楽に惹かれて。
 マーモットのみを孤独な旅の道連れとして、田舎の故郷を立ち諸国を渡る旅楽師なんてロマンチックで素敵じゃないか!(2度目) とマーモット文化を巡ってきた訳ですが…
 意外な方向に話が流れてしまった…。

 楽器片手にマーモットを踊らせる小さな旅芸人は19世紀まで出没していたらしいです。
 未読なので何とも知りませんが、ヴィクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」にもサヴォワのマーモットを連れた少年が出てくるのだそうです。

 ところで、殆ど関係ないけど、旅の少年とマーモットって、某ポケモンの少年とずんぐりした黄色いモンスターとシルエットが似ていると…。
 旅の少年も掛け声一つでお伴に芸(攻撃技)をさせるとか、ほら似ている。
 18世紀のマーモット使いに感じるファンタジーが現代でも形を変えて生きているんだ! と無理にこじつけて現代人にもアピールしてみたい衝動に駆られています。

他、参考になりそうなブログ記事。
「echos de mon grenier:Jour de la Marmotte」…主に18~19世紀のマーモット使いについて。フランス語分からなくても画像たっぷりです。
「欧道行きましょっ!:リトルモンスターのコーラスから1~4」…主にベートーヴェンの「ラ・マーモット」について。

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