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○なんせんす・さむしんぐ○

美術や音楽の感想とか、動物中心のイラストのブログ。

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ヴィジェ・ルブラン展感想

 三菱一号館に、ヴィジェ・ルブラン展行ってきました。
 「マリー・アントワネットの画家、ヴィジェ・ルブラン、華麗なる宮廷を描いた女性画家たち」とか、そんなタイトルで、当時は画家という職業は基本的に男性のもの、という考えがあった中で活躍した女性の画家たちに光を当てる展示です。
 感想は、期待以上でした。しかし、実は期待値そのものが割合に低かったので。18世紀ものでしかも女性画家ではあまり良い作品が集まらないのではと。
 当時は男性画家と女性画家には大きな差別が当たり前にある時代。例えば閨秀画家たちは、歴史を描く大作や裸体を描く神話画は女性には相応しくないといった大方の先入観と対峙せざるを得ませんでした。そして、そのテーマは当時の画家の仕事の中で最も格が高いとされるものでした。
 だからそのような価値観の中では、女性画家は評価されにくく、男性ほどに美術教育も受けられない(女性はヌードデッサンとかしちゃだめ)という時代だったのです。

 さて、展示に移るとしましょう。まず、気になったのが多くの絵に制作年代が書かれていないこと。人物の着ている服や絵の描き方から、丁寧に調べて頑張れば、ある程度だいたいは予想出来そうなので、そこがちょっともどかしい。←自分で判断するのが面倒という。10年単位で流行が移り変わってゆく時代、ざっくり18世紀絵画では括れません。
 まあ、そういう視点の展示でもなかったのだけど。
 羅列型というのでしょうか、だいたい時間を追って、こんな女性画家がいる、こんな女性画家もいた、で、一番有名で注目なのがヴィジェ・ルブランですよという各人の紹介みたいな展示でした。各人の繋がりとか直接・間接の影響関係とかは感じられなくて、単調です。美術史の「流れ」はそんなに分からなく、点を点々と見ていく感じ。
 その絵の多くが、王侯貴神たちの肖像で、革命前後のフランス歴史好き(それも歴史上の人物に萌えるタイプ)には、より一層面白いかも。
 革命後の王制復古期に王様になったシャルル10世の小さな頃のパステルによる肖像画とか、マリー・アントワネット寵愛のポリニャック夫人とか、ルイ16世の妹のヴィクトワール夫人とか。
 このマダム・ヴィクトワールの肖像、本展には2枚来ていたのですが、若い頃にコステルが描いたのと、後にイタリアはローマに亡命した頃にヴィジェ・ルブランが描いた肖像と。
natie.jpgジャン・マルク・ナティエ<マダム・ヴィクトワールの肖像>
 コステルのマダム・ヴィクトワールが見つからなかったので、ナティエので。…ナティエの肖像って皆ナティエっぽい顔で描くので、正直似ているかどうかは分からない(笑)でも、下の顔と似てますね、一応。
vigeevictoire.jpg
エリザベート・ヴィジェ・ルブラン<マダム・ヴィクトワールの肖像>
 おばさん太りしていてショックだった(笑)でも亡命先でも元気そうだ。
 マダム・ヴィクトワールといえば、まろりーにとってはアルマン・ルイ=クープランのクラヴサン曲集第一曲目〈ラ・ヴィクトワール(ヴィクトワール夫人の肖像)〉で親しい人。
 革命時は、真っ先にイタリアへ亡命して、その後二度とフランスへは戻らなかった。
 ヴィジェ・ルブランも革命時は上手く亡命しましたが、中にはギロチン刑にされてしまった女性画家も紹介されていました。

 18世紀以前のフランスというのは、画家の仕事相手は教会や貴族など権力者が主でした。そういう連中と画家を結びつけるのが、確かな技術を持たないと入れない美術アカデミーという画家組織で、女性は女性だからという理由で男性と平等な条件では入れなかったりします。18世紀になってアカデミーを通さない自由な絵画市場が発達し始めましたが、依然として権力者達は大きな顧客でもありました。
 そんな権力者を否定する革命派にとって、権力者にへつらい彼らの個人的な楽しみの為に軽薄な仕事をする芸術家も同罪という訳です。しかもお支払は民衆から吸い上げた税金だったりして。
 この展示で、ヴィジェ・ルブランとことん凄いなと思ったのは、それでもなお王党派を貫いたらしいこと。この時代、王党派というのはまさに命懸けです。よくぞ死ぬまで首が胴体に繋がっていたなと感心しきりです。多くのアカデミー会員は、革命派に転身する中で、やはり期を見るに敏、只者ではなかったのかも。
 貴族や徴税請負人などにも顧客を持つ「ロココ絵画の巨匠」、フラゴナールは、本来、意味も筆致も軽快な絵が得意でしたが、
PlayingWithaDog.jpg
ジャン・オノレ・フラゴナール<犬と遊ぶ少女>…アカデミーを通さない個人顧客向け。
 革命時には宝飾品など財産を政府に差出して難を逃れます。以後は故郷に引っ込んだりルーヴル美術館の学芸員をひっそりしています。
 The-ProgressOfLove.jpg b07de8fb.jpeg
左;フラゴナール<愛の過程・逢引き>、右;<愛の過程・棄てられて(物思い)>
 ↑ギロチン刑にされたデュバリー夫人の邸宅の為に描いた巨大パネル。フラゴの最高傑作のひとつだけど、デュバリー夫人は気に入らず受け取り拒否。傷心のフラゴナールは後で右の<棄てられて>を描き足したのだとか。デュバリー夫人邸にきちんと納められていたら、現代に残らなかったかも知れない。そしてフラゴナールも捕まったかも(笑)因みに、彼の息子は「革命画家」として活躍したので、こんな素敵な絵ばっかり描いていた父フラゴとは、多少折り合いが悪かった模様。
 貴族の庭園デザインや牧歌的な装飾絵画、廃墟や建築画のスペシャリスト、宴会大好き陽気なユベール・ロベールは、デュ・バリー夫人などの邸宅の為の仕事をしたかどで投獄。刑は免れますが、その後は得意の「共和制」ローマの絵を描くなど革命画家として活躍。
f145dbd3.jpeg basutiyu.jpg
左;プチトリアノンの庭のモデルになった空想の田園風の素描→右;解体されるバスティーユ監獄
 この転身ぷりはちょっと可哀そうになってきます…。
 マリー・アントワネットのクラヴサン教師、バルバトルは退廃味のする曲を書いていたのに、革命後はラ・マルセイエーズをクラヴサン独奏用に編曲、革命に協力的な市民っぷりをアピールします。クラヴサンによるラ・マルセイエーズの高揚したリズムや力強い単純さの痛々しいこと(笑)楽譜には、「シトワイヤン(市民)、バルバトル」と署名してある。因みに、高価で貴族の持ち物とイメージの強かったクラヴサンそのものが、革命時代に逆怨みされて破壊の対象となった程なので、バルバトルの肩身の狭さ&凋落ぶりがうかがえるかと思います。
  そんな堅実な道もあったのに、亡命して王党派を公言。マリー・アントワネットを筆頭にかつての親しい人達が次々と処刑される中で、結局パリに帰れたのは12年後とのこと。ヴィジェ・ルブラン、フォルクレ並みにドラマチックな人生で、映画にしたら面白そう。断片的に彼女の回想録を読むと、ちょっと笑えるエピソードが交えてあったりしてなかなか面白いようだし、誰か日本語に全訳して出版してくれないかな。
 ただ、自画像で非常に若く美人に自分を描くあたり、多少(いや、かなり)盛ってそうな気もする(笑)
vigeeportrait.jpg vigeeport.jpg
左;<1791年の自画像>、右;<1800年の自画像>
 それぞれ35歳と45歳くらい。若っ。嘘だろ、10歳以上若くないか、これ…。
 まあ、いい具合に美人に肖像描きますよ!の自己顕示なのかもしれません。あとは、今現在の自分ではなく過去の自分とか?下図みたいに。
 izaberadesute.jpgティツィアーノ<イザベラ・デステの肖像>
イザベラ・デステが60歳くらいに描かせた肖像画。

 でも色々とあったけど、やっぱり、ヴィジェ・ルブランの肖像はなかなか見てて面白い。いえ、実は十把一絡げ的な絵ばっかりで、個々はそんなに詳しく覚えていなかったりしますが、彼女のは印象に結構残っている。

 ポリニャック夫人の肖像。明らかにルーベンスの絵のぱくりです。ヴィジェ・ルブランは自分の肖像画もルーベンス風に描いています。
polignac.jpgTheStrawHat.jpg30907039.jpeg
左;ヴィジェ・ルブラン<ポリニャック夫人の肖像(1782年制作)>
中央;ペーテル・パウル・ルーベンス<麦わら帽子(シュザンヌ・ルンデン?の肖像)>
右;ヴィジェ・ルブラン<自画像(1782年以降制作)>・・・27歳くらい…年相応か?やや若い?(笑)
 ルーベンスの<麦わら帽子>は、実際には、黒のフェルト帽ですが、18世紀には麦わら帽子だと思われていました。ヴィジェ・ルブランがこの絵に大きなインスピレーションを得たことは、彼女の回想録に書いてあるそうです。
 そうなると気になってくるのが、この2枚の他にも青空ルーベンス風に肖像を描いたのか。他にも同じに描いたものがあったのでしょうか。例えば、一枚ルーベンス風に描いたら人気があったので、何枚も描いたとか。
 推定の制作年を見ると、自画像とポリニャック夫人像は、ほぼ同時期に描かれたのでしょうか?
 それにしても、そっくり。「ギリシャ風」の服も背景も髪型もショールの掛け方も麦わら帽子も。意図的なのは間違いないにしても、これが皆で同じ服を着る流行の力なのか、個々人の友情の力(仲良しなのでおそろいに)なのか。そもそも、ポリニャック夫人とヴィジェ・ルブランって仲良しなの?
 それにしたって、仮にも公爵夫人と一介の画家。公爵の方がゴージャスでお金のかかった服を着ていてもよさそうなものなのに、この時代、服で身分を誇示しようとすることはもう流行遅れなのでしょうか。以前までは、服というのは、機能というより、見た目で権力が分かることが大事だったりするのです。平民と一緒なんてプライドが許さない。まあ、この肖像画はそういう権威を描く必要のある「公の絵」ではないし。そこまで沢山の肖像画を意識的に分類しながら見ていないから、確かなことは言えないけど、こういう「気取りながらも、ごてごて飾らない自然にくつろいだ感じ」は、やはり当時の価値観、流行りなんだろうと思う。
 あーーー色々気になる。謎が謎を呼び、答えは手元にない。誰か教えて。この辺だけ展覧会カタログ読んでくればよかった!(←買えよ)

 さて、一番見たかったのは、ラゴナールの風俗画。正直、ヴィジェ・ルブランというよりこれを見に行くつもりでした。
 fragonar.jpg
フラゴナールとマルグリット・ジェラール共作<奪われた接吻>
 なぜ女性画家展に出品されているかといえば、マルグリット・ジェラールという彼の姪っ子との共作だから。
 思った以上に小さな絵。二人がかりでこの大きさは割に合わなくないか?(笑)
 フラゴナールの奔放だった筆は、時代の好みに合わせてジェラールの得意とした滑らかな処理にしてある。その割に、ちょっと顔がぼやけた感じに見えて、多少の違和感。
 薄いショールのストライプも新しい好みの時代へ移行しようとする時期の流行りもの。でも向こうにいる人たちに隠れての恋はまだまだ軽い主題が好きなロココ調。
 でも結構、手堅い絵だと思う。丁寧な塗りと、堅牢で隙のない構図。まろりーの好みや規模だけの問題ではないと思うのだけど、上記のデュバリー夫人の大きな連作など往時のフラゴナールに比べたら、絵としてちょっとつまらなくなったと思うの。

 一番感動したのは、ルイ15世の妃、マリー・レクザンスカの作った、東洋陶磁器の間のための装飾パネル。陶磁器のための部屋なので、中国風に描いてある。宮廷画家たちの協力を得ながら、レクザンスカ自身も筆を入れたというこの中国風の絵が、結構本格的で驚いた。
 まろりーのこの時代の「中国風(シノワズリ)」のイメージは以下。
fete-chinoise.jpgフランソワ・ブーシェ<中国の宴>
 中国完全になめてますね。
 ところが、レクザンスカの中国風は、人物は多少洋風の顔立ちですが、建物などに奥行き感はあるものの、西洋でいうなら中世みたく「箱」みたいで、数学的でリアルな遠近法を用いない・黒い輪郭線に一色をべた塗りする、という、東洋人が見ても東洋風。きっと何か確かな具体的な本物の中国の手本となる絵を持っていて、それをきちんと理解したうえで、自分たちの装飾用に写しています。
 西洋の美術教育上では稚拙と見られるこの画風を、高級な陶磁器の部屋に合わせるために描く。異国への憧れのなせる技というか…。当時の西洋で作られ始めたばかりの中国・日本の磁器そっくりの絵付けを見ても、ひょっとして一部の西洋人は「余白の美」を理解してはいないか、と思うこともあり、この時代の人たち、結構柔軟だと思います。

 アンヌ・ヴァレイエ・コステルの静物画。
hana.jpg<青い花瓶の花>
 コステルという画家は、この展覧会の中では、ヴィジェ・ルブランくらい絵が上手でした。
 どうやら、静物画が得意画題のようです。18世紀の静物画、というのは、かなり美術史上で無視されている気がします。無視というよりあまりにマニアックにすぎるというか(笑)
 でも、何となく見るに、この時代特有の異常に美しい色彩と光があると思っています。でも、マニアックすぎて、類例を集められない。
 18世紀の静物画といえばジャン・シメオン・シャルダンですが、シャルダンがよく言われるように「真実を描く」とすれば、「敢えて真実を描かない」静物画の世界がある気がする。
 この花卉画の、白濁した青緑が好きすぎる。こんな美しい色の葉っぱが現実にあるのでしょうか。ヨーロッパにあるとか?
 コステルという画家を少し覚えておこう。

 まろりーがヴィジェ・ルブラン展と聞いて、密かに期待していたのは、いわゆる啓蒙臭のする教訓めいた絵が来るかと。彼女は当世の価値観の流行の最先端にいて、それを絵画で発信しようとしていると思うのです。。
 マリー・アントワネットと同い年で側近くにいたような人だから、上流の教養深い、色々と最新の研究成果に触れられる連中とも交流があったと思います。
 彼女は現実はともあれ、最新の服に最新の考え方、最新のライフスタイルを絵画化しようとするファッショナブルな気概があるように思っています。例えば、ルソーに代表される思想とか、ポンペイ発掘で盛り上がる古典主義とか、密接な関わりがあろうと思う。一時代前のオランダ・バロック絵画を当世風に描き改めたネオ・オランダな絵の数々など。
81531292.jpeg 
左;ヴィジェ・ルブラン<初めの一歩>、右;<読書する女性> 
 で、そういう関係が展覧会で少しでも見れるかと、淡く期待していたけど、うーん、そこまで深く掘り下げるのは、流石にマニアックに過ぎるかしら。「ヴィジェ・ルブラン展」自体が本邦初らしいからまずはお披露目、次回のヴィジェ・ルブラン展に期待(笑)

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ブランシェに決めた!

 何がって自分が持つべきチェンバロの話。ちょっと勉強してきたのですよ!

 色々と候補ありまして、エムシュ、ブランシェ、ステラン、タスカンなどなど・・・。全部後期のフレンチモデルですが、やっぱり当初の予感通り(←予感はしていたのです)ブランシェにしよう。
 エムシュは和声表現が得意。ラモーのパトロン、ポプリニエールが所有していて、もちろんラモーも弾いていただろう、という代物。非常に力強く、豊かな低音。これはばっちり好みで理想的とも言えます。で、初めはエムシュかなーなどと思っていました。多少、18世紀前半の軽めの曲にはくどすぎるかな、と思うこともあったけど。が、その低音を得るためにか、楽器の長さもとっても大きいのが、まろりーにとっては最大の難点。
 ステランは、実はよく知らない。あんまりなじみがなくって…。多少小ぶりなチェンバロでした。その分、低音はエムシュに比べて弱く。低音域に執着のあるまろりーです。
 タスカンは、チェンバロ最高峰と名高い、17世紀フランドルのリュッカースの改造を得意とした制作者モデル。実は、タスカン本人が一から作ったチェンバロは大した事がないのだとか、そうでないとか(笑)時々、自作をリュッカースと偽ることもあったとかなかったとか、結構愉快なチェンバロ(笑)そんな感じで、タスカン改造の元リュッカースはフランドル系の古雅な響きを残しつつ、フランス好みの華麗さも併せ持つとか。
 で、ブランシェ。王室御用達でバランスタイプの優等生。高名なヴェルサイユに現存しているのもブランシェ。かっちり和声よりメロディラインの表現が得意。日本にあるオリジナルのブランシェを聞くと、ひたすら柔弱かと思いきや、本当は意外と低音も出たりする(らしい)、やればできる子なのだそう。フレンチだけどバッハだって十分弾ける、との太鼓判。こてこてのイタリアの曲はちょっと苦手そうな気もするけど(笑)ま、私もさりげに苦手だからな。中くらいの大きさ。特に晩年のフランソワ・クープラン、その甥っ子のアルマン=ルイ・クープランの所有楽器。というか、アルマン=ルイがブランシェの娘婿。という、語りがいのある経歴も魅力の一つ(笑)
 なんか、結局落ち着くところに結論が落ち着いたな、と思います。チェンバロを持つとして、と真っ先に考えたのがブランシェの名前でした。単純に一番名前の聞きなれたモデルなので…。実際でも、まろりーのささやかな要求は満たしてくれそうだ、と思います。
 それに、べたといえばべただけど、クープランの楽器と口説かれれば、やっぱりぐらっとくるでしょう(笑)

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心の底からデューラー展!書きかけ。

 なかなか書きあがらなそうなので、途中でアップすることに。だんだん更新してきますこの記事ー。

 かねてより、楽しみにしていたデューラー展、最終日まえに行ってきました。
 そんな訳でデューラー展の感想です!

 とにかく、始めからデューラーは大ファンなのです。そもそも版画というものが大好きで、版画ほどまろりーを熱狂させる地味な媒体はありません。

 デューラーという画家についてですが、ドイツ最高の画家の一人として、彼に対する語り草は若干のご用意は私にもありますものの、それを到底は語りきれないし、良著は数々ありますので、ここでは彼の神がかった代表的な絵だけを載せるにとどめ、彼の業績や画業といった研究は個々人にお任せすることにして、思い切ってデューラーの版画に関わる話に参りましょう。
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左;油絵。<1500年の自画像>、右;水彩。<野兎>・・・どちらも眼球に映る光が窓枠のある窓から光であると分かる程、全ての部分が等しく細かく描かれていたりします。
 この超絶技巧っぷりは版画でもっともよく堪能出来ます。
f98ec561.jpeg<書斎の聖ヒエロニムス>エングレーヴィング
 いきなり大トリ的なエングレーヴィング作品。「エングレーヴィング」とは銅板画の技法のひとつで、銅の板を直に細かな彫刻刀で彫って、その溝にインクを詰め込み、刷る方法。技法上、曲線を美しく彫るのには高い技術が必要です。
 鋭く先細りした両端を持ち、滲まないくっきりとした美しい線が特徴。かなりの熟練技が必要ですが、細かな表現まで出来る技法で、19世紀くらいまでは、長らく「最も格の高い技法」とされていました。
 なのですが、そういう線で画面を埋め尽くすと、ガラスに透けて室内に射す光まで表現できるようです。
 線だけで、これ!一体、極細の線だけで窓のガラスと天井の木材とライオンの毛皮とを描き分ける人間が本当にいたのでしょうか。
 とにかく、デューラーの作品すべてに言えることですが、技巧に目がくらんで、絵の内容が見えなくなる、というのが最強の弱点。
 ・・・かつて大学の版画史の授業で教授が言っていました。
「デューラーって、テンション高いくせに、ユーモアは無いよね。」
 まさにそんな感じ。(笑)この暑苦しい執拗なパッションと、鑑賞者サービスの無い技術屋っぷり。

a34a7c8a.jpeg<メランコリア1>
 こちらもこの展示最後を飾っていたエングレーヴィング作品。先のヒエロニムスと共にデューラーの三大銅版画と呼ばれるもの。
 とにかく、画面は線だけで出来ているはずなのに、真黒(笑)。白いところがない、空間恐怖症的な構図。
 眼光鋭い有翼の人、うずくまる犬、砂時計、魔方陣、腹をひきさく蝙蝠、梯子、球体、謎の立体、虹のような光、などなど謎めいた象徴に満ちていて、いまだにこれらの解釈は定まりません。答えはそれぞれの心の中に、状態なのが魅力の一つ、という感じで落ち着いています。
 中世までは、メランコリア=憂鬱気質の人間は、子供を喰らった残忍な神サトゥルヌスの影響下にあり、根暗でひきこもりで非生産的で妄想家で「神の恩恵さえ見えない」、最悪の性格と思われていました。
 が、ルネサンスあたりから、物事をよく考え、冷静に観察・判断する、学者向きには最高の人間、と良い側面を強調されるようになりました。
 そして、デューラーは、神の作った世界をよく観察して描き出す芸術家にとっても、憂鬱気質は必要な素質である、とこの絵で語っている、というのが大体の解釈。
 憂鬱に陥った人は、こうした憂鬱気質の良い側面をデューラーの版画で見ることで、多少はその憂鬱な心を慰めることができるでしょう。
 この版画の素晴らしいところは、そうした前向きさが、版画であるが故に、多くの人が所有し、目に触れることができた、というところだと思います。
 [デューらーの「翼」についての思い。]

 「空間恐怖症」といいましたが、デューラーよりもっと古い時代から、空間恐怖症はむしろ伝統的であって、とにかく、余白部分があると線や図像で埋めたくなる。とにかくやりすぎてしまう、という傾向を持つ空間恐怖症。殆ど人間の本能のようなもので、現代でも全く珍しくありません。
 メレンコリアで見たように、デューラーもその気はあるにはあるけど、描きすぎずに格好良くきちんと構成、デザインする、という心配りもしっかり出来ている、と感じた一枚。右は参考図版。
18a52859.jpegad194a1e.jpeg
<三日月の聖母>左;1511年ごろ、右;1499年
 やっぱり、冷静によく見ると、雲とか光とかで空間埋め尽くしな感じも多少ありますが…。 ぱりっと描くべきこと描かないべきことを取捨選択して「デザイン」してある、と思いました。
 かたや、最新ルネサンスに流行った「安定した三角構図」を見せる、聖母と幼子キリスト。かたや、デューラーの前時代であるゴシックの彫刻のように、豊かな襞を垂らしながらS字に身をくねらせて立つ聖母子。
 でも、左側の三角構図の聖母子の方は、衣の襞は気まぐれ空想的で、実際のというよりは画面を華やがせる装飾効果を上げている。リアリティのない装飾的な衣紋はゴシック時代の要素です。このように、最先端と伝統と融合させているのではないかしら。伝統というのは、古くて流行遅れではあるけれど、皆が見慣れた、安心出来るものなのです。
 一方、右のS字の聖母子は、衣の中の「人体」を感じさせるように、衣をまとう体と重力とで、衣服の下で、聖母が片足に重心を掛けて、腰骨で幼児の体重を支えているのが分かる左とは逆に体の動きに従っているように襞を描くのはルネサンス風。これも、古今が融合しているように感じます。
 

 さて、この同じテーマのこの両者、同じに見えて実は決定的な違いがあります。
 その違いとは・・・と、書き差して続く(笑)



ーーーーーーー以下、推敲中の断片ーーーーーーーーーー

 さて、デューラーの影響が後々まで残り続けた、というのは彼がこのような史上最高の版画家であったことと無関係ではありません。
  一口に版画といいましても、技法は様々ありますが、とにかく古い時代の版画一般の特徴をざっくり述べますと、
1、油絵と違って、直接カンバスなどに描かないで、一度別の媒体に描かれてから間接的に紙に写される
2、油絵と違って、ほぼ同じ図像が大量に複製出来る
 ということかと思います。
 前者の特徴のため、「版画のための技巧」というものが、印刷された紙面に如実に生生しく反映されます。どんなに絵を描くのが上手くても、まずは版を作れなくてはいけません。
 特に、版画技法が現代ほど多様でなく発達していなかった時代は、レオナルド・ダ・ヴィンチ並みに上手に絵が描けたからといって、必ずしも上手に版画が作れる、という訳ではなかったのです。
 逆に、どんなに版画を作る技術を持っていても、絵を上手に描くのは苦手、という版画家も多くいました。
 それでいて、後者の特徴のため、版画の方が、実は周りへの直接の影響力が大きいこともしばしばなのです。
 版画より油絵の方が、格の高い芸術と看做されていますが、写真の発明以前は、そうした立派な絵画はその場へ行けないと、どんな絵か見ることが出来なかったのに対して、大量に印刷でき、持ち運びにも便利な版画なら、そうした場所の制限なく名画に似たものを参照することが出来るのです。かのレオナルドやラファエロの絵も版画化されたことによって、イタリアを越えて全ヨーロッパに影響を与えていったのでした。
 そして、大量に印刷でき、たいてい安価に入手出来るが故に、より一般大衆向けに描かれる、というのが版画。日本の浮世絵もそうですが、油絵よりも、即物的な「目的」があるのです。
 デューラーの場合は、聖書の物語をより多くの人に視覚的に伝える、ということです。この展示では、「絵画は神に奉仕するもの」というデューラーの言葉を引いて、宗教画の連作(というより、本来は書籍として刊行された「挿絵」)をまとめて展示してありました。*挿絵といっても、聖書の補間として描かれたものではなく、まずデューラーが絵を描き、後からそれにふさわしい説明の詩を付けていったものだそうです。
 
 

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マイセン展の感動の一部、というより足の絵

 時は、数年前。まろりーがパリに旅行に行ったときのことに遡ります。
 その時見に行ったカルナヴァレ博物館で、ふと目にして大いに感動し、以後全く忘れることの出来ない絵に出会いました。

asi.jpg

 脳内通称<足の絵>。写真はまろりー本人で、現地でとってきたもの。
 これ程、感動した絵はなかなか無い。色や筆致は18世紀風。本当に18世紀のものかは私には判断つかないけど、とにかく18世紀の香り高い小品。
 これの何に感動したかと言うと、足と白と黄色の布、つまり大切なものは何も描かれていないのに、一瞬で「何の絵」か分かるということ。これほどの少ない要素で絵はここまで語るものかと、画家の手腕と着眼点に鳥肌が立った。
 そう、着眼点。そもそも、片方の足だけを途中で切り取って絵にする、というその発想が、日本ならまだしも18世紀ヨーロッパのセンスを超えていると思う。でも絵は最初からこのような絵を描こうと意図されたかのように、本当にこれで完結していて、しかし、この光の感じや軽快な筆跡は18世紀独特のものだから、本当に18世紀のものか、と混乱してしまう。むしろ、谷崎純一郎の世界です。
 一体、いつ誰が何のために描いたのか、もともと大きな絵の一部を後で切り取ったものなのか、足だけだったのか、そんな説明書きは一切なく、ただ壁の間を埋めるように飾られていた足の絵。
 足の絵である以外は何も分からないけど、とにかく目に沁みついて離れない足。

 タイトルにあるように、マイセン磁器展で、その謎の一旦が、ほんのちょっと分かったのです。
 展示の中ほどで、陶板画が飾られていました。白い磁器をカンバスに見立てて、名画の複製を描いた壁に飾る装飾板。下図はその原画。

boucher.jpg
フランソワ・ブーシェ<金髪のオダリスク>

 あの足の絵の原画は18世紀の画壇に君臨したブーシェの有名な絵だったか…!なんで気付かなかったんだろう。足の部分がまったく一緒ではないですか。色も、構図も。
 なぜこの「部分だけ」の模写が額に飾ってあるのか、それて誰が模写したのか、やっぱりそれは分からないけれど、足の主だけは分かりました。
 どうせウェヌスかオダリスクかと思っていたけど、案の定オダリスクでした。トルコの王様スルタンのハーレムの女性という設定。で、その実、ルイ15世ご寵愛のご婦人がモデルなのだとか。
 それにしても、足だけ取り出して見せることで、とんでもない含蓄が生まれると思いませんか。しかも、とても上品なほのめかしで。
 原画のオダリスクそのものは、足を開いてソファの上にうつ伏せに横たわる女性という全くほのめかさない(笑)ものですけれども。まあ、それでも、なのかそれ故なのか、品は失わず何だか健全で朗らかです。
 いえいえ、名画とは、部分だけ取り出しても、名画なのですね。本当、ブーシェを心から尊敬した!
 それと、この完結されたオダリスクから足だけ取り出して、それを額装して壁に描けた人間に心から敬服します。「本物」でも「偽物」でも18世紀でも現代でも。

 さて、ところは六本木、サントリー美術館にてマイセン磁器展行ってきました訳です。この一番の感想が、最も個人的なこれ。
 追って詳細な感想を言おうかと思うけど、今回これだけは言わせて欲しかった!

 デューラーを始めとする版画もそうですが、そもそも洋の東西を問わず、陶磁器も好きなのです。といっても、まあせいぜい、柿右衛門と鍋島とマイセン初めの西洋磁器が興味の中心なのだけど。これらは、密接に関連していて、まろりーにとっては大きな別の無い、一連のものです。
 18世紀に、マイセンなる西洋磁器をヨーロッパで初めて作らせたドイツの王様アウグスト強王は、日本や中国の磁器の大ファンだった為、ついには自分の国で作らせてしまったというお話。マイセン窯による、柿右衛門写しなんか、結構沢山あります。そのために錬金術師を軟禁して宮廷科学者と共に開発に当たらせたというのだから、この辺もちょっとドラマチック(笑)
 いや、もしまろりーが18世紀のお金持ちに生まれていたら、本当日本やマイセンの磁器コレクションしたい!(あとは、種々の版画(笑))アウグスト強王の懐を潤してしまいそうだ。

 展示に点数付けるなら、総合点は85点。-15点分は、18世紀の初期のデザインではあるものの、20世紀初頭の復刻版の展示が多かったから。18世紀当時のものが見たいまろりーとしては、その辺の、オリジナルではない差異を自分で計算する手間の分(笑)
 やはり描き手が現代人だから、隣に置かれたほぼオリジナル時代の絵付けと比べると、絵柄は同じで優雅ではあるけど、影の付け方、描き方が現代風にスタイリッシュで、やはりあくまでも現代もの。
 とか、若干無駄に辛口なこと言いつつ、5時間かけて館内見てたのです。面白すぎて5時間も見続けてたなんて気付かなかった…!
 と、今日はここまでにしましょう。デューラーも完結してないというのにね。

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クラヴサンでフランスものでバルバトルでデリクール

 今日の音楽呟き。

 最近、バッハ祭りをしていたので、急に普段の後期フレンチに舞い戻る。
 超名曲、ラ・デリクール。実は弾いたことがなかったという。
Claude-Bénigne Balbastre: La d'Héricourt


 いえいえ、美しいですね、この革命間際の音楽は。ため息ものです。末期的な諦念観がたまりません。こう、センチメンタルに憂鬱気取りで、耽溺的なところが好き。冒頭の偽終止なんか、本当、気取り屋さんめ。(←あくまでまろりーの感想ですよ!)クープラン時代の、独特な軽やかな精神はもう無いけど、この時代もいいものです。ヴィジェ・ルブランやグルーズみたく、ちょっと気障で、多少わざとらしい気がします。奴らほど、人を啓蒙するという気概はないけど、そこもいいよね。
 時代は、いわゆるマリー・アントワネットの時代。新古典主義に傾きかけ、もはやロココ様式は時代遅れとなり始めていました。実際、音楽でも美術でも、最先端のとんがった新古典様式もファッショナブルな様式として普通に見られる時代ですが、まだロココの気まぐれで快適な装飾性と、新古典の装飾を排した機能的な端正さとが、折衷された奇跡のいいとこどりが主流なのが素晴らしい。
 とりあえず、入手したモダン譜の、五線譜上下どちらもヘ音記号というのにテンションあがりますね!低音万歳。こういう低音を不機嫌な程どろどろ響かせたいものです。

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なんせんす・さむしんぐ

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