富士美術館のアンギアーリの戦い展に行ってきました。
フィレンツェのパラッツォ・ヴェッキオには、五百人広間という部屋があって、そこには現在、ジョルジョ・ヴァザーリが描いたフィレンツェ軍が勇ましく戦う壁画が描かれています。
ジョルジョ・ヴァザーリ〈マルチアーノの戦い〉
しかし、ヴァザーリの壁画が描かれる前、そこにはレオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロの戦闘画下絵が途中放棄されたまま残されていたのでした。
左:作者不詳〈アンギアーリの戦い(レオナルドの模写)〉
右:バスティアーノ・ダ・サンガッロ〈カッシーナの戦い(ミケランジェロの模写)〉
共にフィレンツェ共和国の戦争をテーマに描かれたもので、メディチ家を追い出し、サヴォナローラを火刑にし、フィレンツェ再出発の記念にと注文されましたが、結局巨匠の夢の競演は果たせませんでした。
ミケランジェロの方は、途中で教皇の仕事を優先させてフィレンツェを去り、繊細な表現に拘るレオナルドはフレスコに油彩を試みた結果、上手くいかなかったことが原因と言われているそうです。
ヴァザーリの壁画が描かれるまでのおよそ50年の間、2人の巨匠の下絵は他の画家たちによって熱心に模写され、それが現在の我々にも2人の壁画がどのようなものだったのかを伝えています。
(ところで、上記のカッシーナの戦いの図版ですが、作者の名前がバスティアーノとアリストティレの2種類ありました。どっちがよりスタンダードなのか知らないので、取り敢えず前者にしました。)
レオナルドは敵の軍旗を巡り、一方は奪おうとし、一方はさせまいとする場面、人馬が激しくぶつかり、揉み合い、叫ぶ、力強い画面です。
ミケランジェロは水浴中に敵が来襲、押し合いへし合いしながり全裸で水から上がり大急ぎで武装と整える場面。
今回の展示は、そんなレオナルドと同時代のフィレンツェで作成されたと思われるアンギアーリの戦いの模写の板絵〈タヴォラ・ドーリア〉が主役です。
因みに、まだはっきりしたことは分からないけれど、ヴァザーリの壁画の向こうに、もしかしたらまだ2人の下絵が残されているかもしれない可能性があるそうです。
新しく描いたヴァザーリの兵士の旗に「探せ、見つけよ。」と謎めいた文字があり、それがこの壁画の下に巨匠の下絵があることを示唆しているのでは、と推理されていたり。
もし本当に残されていたら、凄いロマンチック。2人をリスペクトするヴァザーリなら、潰すのに忍びなくて、あり得そう。どうなんだろうね、そうであって欲しいなあ。
それにしてもレオナルドとミケランジェロの後で同じような画題の壁画を描くって…やりにくそうです(笑)
ヴァザーリさん、てんぱったんじゃないだろうか…。と勝手な想像。
壁画や模写は、同時代を越え後世にまで大きな影響を与えました。
ティツィアーノの戦闘画への影響、ルーベンスへの影響、そしてイタリア・フランスのバロックへ。
ティツィアーノも本物は遺っていなくて模写バージョン。
崖に犇めく騎馬と歩兵。目立つように描かれた崖を登る人が目立つので気になったけど、やっぱりミケランジェロへの対抗心なのかしら。
ルーベンスによる補筆バージョンのタブローが展示されていました。
いかにレオナルドとはいえ、元は塗り残しばかりの未完成なので、その不足した部分を想像で補い、背景を加えてきちんと装丁を整えたルーベンス。
こうした絵に見られるように、ルネサンスの未完のプロジェクトが、ルーベンスのバロックにまで響いています。
レオナルドのいたフィレンツェから離れたナポリのバロックにも影響は及んでいるということで、テンペスタ、ローザ、ジョルダーノが並べられています。
サルヴァトル・ローザが一番輝いてる。…というのは贔屓目でしょうか。
18世紀からロマン主義の時代にかけて人気があったローザ。
戦闘画や荒々しい雰囲気の風景画を得意としたローザは、どうも本人も攻撃的な性格ではあったようです。
かつて見た風景画は、暗く重く、山深い森の中を急流が白い絵の具の一刷けで水しぶきを上げる…なんて情景でした。
今回は、ローザが名を上げた戦闘画。初めて見られた。しかも他の戦闘画と比べられます。
サルヴァトル・ローザ〈戦闘〉
(これはウフィツィ所蔵のもので今回の展示のとは別物ですが、殆どこんなかんじ。)
アンギアーリの戦いのように特定の歴史や物語がある訳ではなく、ただ殺し合う人馬入り乱れての乱闘シーン。後脚で立ち上がる馬、刀を振りかぶる人、頭から鮮血を迸らせる人。
と文字で書くとどれだけ陰惨かと思うけど、戦の混沌は対角線構図の左下半分だけで、残りの右上半分には青空が広がります。
つまり、画面に対して人物は小さく描かれ、背後の情景の比率が大きくなっている。
人物犇めく画面の左側には垂直にそそり立つ崖。青空の右側は古代ローマの神殿廃墟。
その廃墟の向こうにも戦闘は続き、奥まるほど戦の土埃に煙って見えなくなっていきます。
この右側の広い空間が、どす黒い戦闘シーンを中和して、存外爽やかにしています。
戦闘の半分が背景となっているのは、この展示の中でもローザだけで、一層奥行きのあるこの青空が鮮やかに見える。
で、意外だったのが、性格荒っぽそうな画家だけど、筆遣いは繊細で、人物はどんな小さな人でも誰一人手を抜かず、しっかり顔が描かれている。(単眼鏡があって良かった!)
閃く刀の細く白い輝きなど、繊細なハイライトが格好良い。
えーと、そろそろ喋りすぎてますね。
ああ、他のローザ作品はどうなんだろう!?ローザ〈英雄的戦闘〉
というわけで他の載せてみた。
ローザの画像検索や小さな図版を見ても、こんな繊細じゃ(そして暗すぎる画面も多い)再現出来る訳ないじゃないか。
どこへ行けばローザ本物がなるべく沢山観れるだろうか。
という訳で、八王子までサルヴァトル・ローザを見に行ったという話でした。(途中で話か変わったよ!(笑))
三菱一号館の前期暁斎展行ってきました。
ユーモラスな動物や妖怪を描く人ってイメージがあったのだけど、もっと狩野派らしい正統的なのから、浮世絵、ゆるい絵日記、春画に至るまで幅広すぎる画業全体を俯瞰する展示で、暁斎初心者には嬉しい。 〈蛙を捕まえる猫図〉
いや、もう何でも描ける人なんだなぁと。
しかも解説によれば、ものすごい早描きだったようで、そんな天才肌な彼なのに最近まで評価されていなかったのは、この広すぎる守備範囲があだとなってしまったそうで、狩野派絵師なのか浮世絵師なのか、捉えがたくて評価しづらいのだそうです。
展覧会のタイトルは「画鬼暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」。
キャッチコピーは「狂っていたのは俺か、時代か。」
なんて、ちょっとアグレッシブで、また三菱一号館さんテンション上がっちゃってるなって感じでしたが、…そんな凶暴で挑発的な印象は展示からは受けなかったけど…。
むしろ、漫画みたいな動物や妖怪やその他緩い絵もいっぱい書いたけど、本当は狩野派絵師としてもまっとうな画家なんだよ!ってストーリーを読み取りました。
ローマの小説、アプレイユス著「黄金のろば」。
本名は「Metamorphoses(変身物語)」。
魔法で梟に変身しようとしたら、間違えて驢馬になって人間に使役されてしまう男の話。
プシュケとクピドの挿話だけが有名ですが、これ以外は大体下ねただったような(笑)プシュケの話も、魂が試練を経て真実の愛へ至る、というより最凶の姑ウェヌスがプシュケをいじめる話のような。
felix vero ego, quae in ipso aetatis meae flore vocabor avia,……
「本当にあたしって幸せよね、花も盛りのこの年齢でおばあちゃんなんて呼ばれるようになるんだから、……」
散々に身重のプシュケを痛め付けたあとの台詞。ウェヌス様はご自分の年齢を上記のように思っているらしい。
気に入ったので、ここだけ原文調べてみました(笑)(でも完全に文章理解してないので、雰囲気こんなこと言ってるのかなって程度で……(笑))しかもこの後もまだまだ虐めます。
プシュケとクピドというより、ウェヌスのヒステリックかつ、ねちっこい怒りが壮絶。だけどすごく生き生きしてて、このウェヌス様大好き(笑)
後世の人はこの話からよく哲学的な「魂と愛」の美しい寓意をよみとったなぁ…(笑)それとも別にソースがあるのかな。
「黄金のろば」、下ねたも暴力も多いですが、始終とっても根明です。
ラバを産ませようと馬の群れに放される主人公が結構乗り気だったり。浮気な奥様と間男の所にお約束通り夫が早く帰宅、そして寝室から叩き出されるのは奥様の方とか。ろばの主人公に人間の貴婦人とのまさかの禁断のロマンスとか。
ローマン・ギャグ?満載で笑える。
人間に戻る条件は薔薇の花を食べるという簡単なこと。が、「意地の悪いフォルトゥーナ」に見放されるどころか、積極的に運が悪いという大冒険(笑)
ろばになったその日に強盗に入られ、盗品の荷運びをさせられ、山賊のアジトへ連れていかれてしまう。
で、荒くれの山賊団を逃げ出し、その後も、ホモで怪しい宗教団体、性悪の人、農夫、道楽な都会人など、次々と人間の財産となりながら、ろばの立場と耳を生かして色々な人間模様を見せていきます。
さて、絵に関していえば。重要なことは、この絵を描くにあたって、なんら考証的なことはしなかったということです。
ベースは中世の福音書記者像で、そこから空想だけで「それっぽい感じ」をでっち上げ。
あと、概ねアナログ描きですが、あまりに適当に描きすぎたため、緑の柱の右側のやつを大変に描き損じてしまい、諦めてCGによるコピペを施しました。