ホイッスラー展行ってきました。
思った以上に版画作品が多くて、……油彩作品でも結構地味だっていうのに、更に地味な感じでした。
さて、感想。
冒頭は人物画。最初はクールべのリアリズムに影響を受けたそうですが、絵は写実とか教訓とか物語とかである以前に絵である、という美学のもと、次第に物語性を排し、画面の色彩と構図の調和を目指した表現になっていきます。
〈灰色と黒のアレンジメント、トマス・カーライルの肖像〉
が、……ホイッスラーって、実は人物画苦手なんじゃないかしら?
どうもぼやっとして、版画作品でもぼやっとして、とりあえず頭がぼやっとしました。何というか、感想を書くのに困ってます(笑)
ホイッスラーの人物画だけを見ていると、極端な話、そもそも人間という物語性に富んだ対象から物語を無くすことそのものの妥当性さえ疑わしくなってきます。――極端な話ね。
続く風景画の方が好きでした。 〈ブラックライオン波止場〉
テムズ川をテーマにした版画の風景連作とか。ヴェネチアの運河と建物とか。
労働者を画面の手前でクローズアップして、その奥にテムズ河畔の建物や行き交う船が見えるという構図。
この「労働者」の姿もリアリズムに影響されていて、当時は画題としては一般に認められていなかったものとのこと。
ヴェネチアの絵は、水の反射や揺らめき、建物が立て込んでほの暗い湿った空気感が、テムズシリーズよりもう少し詩的な感じがします。
人物単体の絵はひたすらもやっと曖昧でしたが、風景は建物のエッジなどはぱりっと、霧やハレーションを起こした光など煙るところはふわっと、人物単体を描いたシリーズより、変化に富んだタッチが素敵でした。
いや、勝手な想像だけど、人を描くより水や建物、特に橋を描くのが好きなんじゃないかと。(でも人物画は花形だしね)
展示を通して、男性像はあまり無く、妙齢の女性ばかり。それ以外はたまたまこの展示に選ばれなかっただけなのか、本当に描かなかったのかどうか。
さて、一番気に入ったのは、南米チリまで現実逃避?に行った先で描いた海の絵。
<肌色と緑の薄暮、ヴァルパライソ>
解説いわく、確か、この絵によってクールベの写実主義の「悪しき」影響を脱し、音楽的な色彩のハーモニーを追求するターニングポイントとなった作品らしい。
確かにちょっと吹っ切れたところのある絵で、伸びやかな色彩が、大きな筆の動きに乗って、広い空間を作り出しています。
緑に和らげられた肌色と青の穏やかな補色は光に溢れて美しい。
ホイッスラーとジャポニズムもテーマの1つ。
印象派も活躍した時代、新しい芸術を作ろうとしていた時、西洋の伝統とは全く違う原理の東洋、そして日本の美術は、革新的だとして多くの芸術家を魅了しました。
展示ではホイッスラーの作品と、影響を与えた浮世絵を並べて、ホイッスラーがいかに日本美術をぱくったかを教えてくれます。
構図の取り方、うちわや扇子などの細かいモチーフ、そして家紋風の画家のサインなど、こうして並べて見ると、結構そのまま写されていたりします。
蝶々を図案化した家紋風のサインは微妙に細部の異なるバリエーションがいっぱいあって、それぞれ喜びとか悲しみとか感情を表しているらしい。まさかの絵文字!(違)
2階の座敷で女たちが欄干の隙間から川辺を見ている、なんて浮世絵をホイッスラーが翻案して、海辺のテラスに憩う女たちを描いたとき、畳の上に座る女性もそのまま転用したので、ホイッスラーの絵では屋外の冷たい石の?地べたに座り込むことになってしまったりとか。
額縁も凝っていて、中国風の漢字が彫られていたり、青海波が描かれていたり。
ある素描では、古代ギリシャ風のひらひらした服を着て、日本の扇を持って、古代ギリシャと日本というエキゾチック同士を融合させたりなど。
ところで、ファンタン=ラトゥール宛ての手紙や、ジヴェルニーのモネからの手紙も展示されていて、結構交流があったらしい。
ラトゥールへは描こうとしている絵の細かな計画を打ち明けていて、仲良しなのかしら。いわれてみれば確かに、一瞬似てるところもあるかも。
しかし、一番気になったのは、お土産屋さんのヒゲグッズかも(笑)
ホイッスラーは口髭を作ってたんだけど、その口髭をイメージしたヒゲ模様が力一杯グッズ化されてました。
「トレードマークのヒゲモチーフ!」……っていうほど展示内容ではヒゲ感はなかったけどなあ(笑)
いやまあグッズとしては可愛いけれど、なぜ唐突にヒゲプッシュ?って疑問に思ったけど、考えてみたらホイッスラーってグッズになれるような何かがあんまり無いわ、確かに。